第9話

 ナビアの故郷であるミネラスタの集落、それは切り立った崖の中に存在した。

 規模的には村という程度だろうか。

 崖の奥にある天然の洞窟、その中に家と呼べるような個々人の住居が存在していた。


(……意外だな。こんな土に近い場所に生活圏を構えているとは)


 怪獣の存在を知っていて、土を掘り起こすことを禁忌としているのなら、こんな洞窟の中に生活の本拠を置くとは思えない。

 しかし、現にこうなっているということは何かしらの理由があると考えるべきだろう。

 危険に近づくに足るメリットがあるのだと。


「戻ってきたのか、ナビア!」

「それが目を付けていた来訪者?」


 村人たちが帰還を果たしたナビアとライテスに寄ってくる。

 そして私に向けられる視線は、奇異と憎悪と言ったところか。

 本当にナビアの傍を離れたら危険だと感じる。話しかけてきているのは、まだ友好的な人物だ。

 そうでない隠れた視線こそが危うい。


「――ああ、今日からこいつが私たちのエウタリカ進出の足掛かりになる」

「ナビア・ミネラスタさんとは、良きビジネスパートナーになりたいと思っています。スペンサー・オルブライトと申します」


 ミネラスタの人々に挨拶をする。

 まずは友好的に接する。商人としての基本だ。


「おお、よろしくな」

「信用できるのかぁ? あのエウタリカだろ?」

「今はまだ信用をいただけるとは思っていません。信用とは長い時間をかけて得られるものだと思っています」


 こちらの振る舞いを見ながら微笑んでいたナビアが、私の肩を叩いた。

 そんな彼女の視線の先、洞窟の奥、あの男が立っていた。

 私の鉱山に忠告をしに来たあの老人、ナビアの祖父だ。


「――言っただろう? 来訪者よ。土を掘り起こしてはならぬと。

 おかげで我が孫娘の思惑通りになってしまった。君もかなりの無理を飲まされたはずだ」


 近づいてきた老人が、私に向けてそう耳打ちをしてくる。

 なるほど。孫娘にああいうことをさせたくなかったからわざわざ忠告しに来てくれていたという訳か。

 となるとナビアは、それよりも前からこれを考えていたのだ。


「ええ、これから私はそれを飲まされるのです」

「……今からでも良い。国に帰った方が良いのではないか?」

「やめろ、爺。私の相棒になる男に臆病風を吹かせるんじゃない」


 ナビアとその祖父が睨み合う。

 やはり、この2人の間には思惑の違いがあるようだ。


「獣様を神殿へお連れしろ。その後は私の部屋に来い。客人は先に案内しておく」

「……スペンサーに危害を加えるなよ? 今の私にとっては最も重要な客人だ」

「分かっておる。流石にそこまでの外道ではない。それではスペンサー殿? よろしいかな?」


 ナビアの祖父に促されるままに、彼についていく。

 彼の近くには、若きミネラスタ人が2人。

 見ているだけで分かる。屈強な戦士だ。ここは原住民の村のど真ん中。

 リボルバーひとつではどうにもならない。


(……ナビアと離れるとなると、リックを連れてきたほうが良かっただろうか)


 いや、リックが1人いたところで私とリックが死ぬか、私が死ぬかの違いしかない。

 それよりも私が死んだ場合には、鉱山の所有権がリックに移譲されるというプレッシャーをナビアにかけた方が効果的。

 この考えに間違いはない。ただただ私が危険ということ以外に問題はない。


「それではご客人。かけてくれ」


 客間、地面に敷かれた布に2つ、お茶のような飲み物が置かれていた。

 ……なるほど、こうやって床に座るのがミネラスタの流儀か。

 

「失礼します」


 床に腰を下ろし、振る舞われた飲み物を口に運ぶ。

 ……これはいったいなんだろう。豆を使った飲み物なのだろうか。


「君たちでいうところのコーヒーに近い飲み物かな?」

「ええ、少し甘いですね。良い味だ」


 ……護衛の戦士たちは部屋の入り口に留めている。

 私と彼の2人きりだ。


「――私は、このミネラスタの長をしている。長い間、この民を治めてきた。

 我々がもっと大きな集団だった頃から」


 彼の告げる言葉の奥に含まれているもの、それはエウタリカ人への糾弾だろう。

 我々が来訪して以来、原住民との戦いは続き、彼らを追いやってエウタリカは開拓を進めてきた。

 ここに着いたときにミネラスタ人の規模が小さいと思ったが、小さくしたのは我々なのだ。


「その上で、エウタリカ人の君に聞きたいことがある。

 なぜ君たちは、海を渡った? なぜ自らの土地で満足しなかった? なぜ自らの土地を広げようとする?」


 ……哲学的な問いだ。この問いを前に、相手への気遣いだけで返せばそれはそれで信用を失うだろう。

 それにどんな綺麗な答えを用意しようとも、そもそも我々がミネラスタを始めとしたメタリアの原住民に対して敵対的な行動を取っている事実は覆せない。

 たとえそのような行動をしたのが私ではない先人だとしても、私もまたエウタリカの人間なのだから。


「――既に地位を築いている人間であれば、あの土地で満足できたのでしょう」


 私の言葉にミネラスタの長が視線を動かす。

 だが、横槍は入れてこない。ただ静かに続けろと促していた。


「代々からの土地や地位が約束されているのであれば、あるいは世代として運として望むべき安定が得られているのであれば、我々もあの土地で満足しそこで閉じて死んだのでしょう」

「君はそうではなかったと?」


 彼の言葉に静かに頷く。

 ……そうだ、私は渇きと飢えの中で生まれた。


「私が生まれた世代は、とにかく子供が多い時代でしてね。

 私の親もどこの誰なのかさえ分かりません。エウタリカ人というのは、そういう意味では最低の人種だと言えるでしょう。

 けれど、その中で生まれた私や私のような若者が富を求めれば、外に出るしかないのです。エウタリカの老人どもがいない世界へと」


 こちらの言葉に、彼は笑みを零した。


「つくづく最低の人種だな。エウタリカ人というのは。

 しかし君自身もエウタリカの被害者ということか。なるほど、ナビアと気が合いそうだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る