第8話

 岩の怪獣を、その首元から溢れる光を、徹底的に食い尽くしていくライテス。

 やがて、その赤い光が失われる頃、岩の怪獣は完全に動きを止めた。

 岩の持つ赤い輝きは、ライテスの黄金に飲まれて消えたのだ。


(これが怪獣の力……怪獣なら怪獣を殺せる)


 つい先ほどまで、命を落としてもおかしくない状況に立たされていた。

 そして今なお、このナビア・ミネラスタに飲まされた契約の持つ意味は大きい。

 けれど私は根柢の部分から、こういう人間なのだろう。

 考え始めていた。この黄金の怪獣・ライテスの力があれば、大地から目覚める怪獣たちを排除することができるのではないかと。


「無事ですか?! ボス!」

「ああ、ありがとう。リック。無事は無事だよ」


 ライテスがその身体を低くしてくれる。

 そしてナビアが静かに降りるように促してきた。


「……ミネラスタ人、アンタのおかげで助かった」

「ん。まぁ、礼は君のボスからたっぷりと貰うとして、君も本当に覚悟ある行動だった。助かったよ」

「今以上のボスにはまだ出会ったことがなくてね。こんなところで死んでほしくなかっただけさ」


 視線を交わすナビアとリック。

 私を助けるために協力関係を結んでいたのだろう。

 それゆえの信頼が感じて取れる。


「――良い部下を持っているね。大事にしてあげると良い」

「言われるまでもない。優秀な人間と巡り合うことより困難なことはないのだから」


 岩の怪獣を倒した安息もつかの間。崩落した坑道の入り口を見て胃が痛くなってくる。

 あれの復旧にはそれなりの時間がかかるだろう。それを行うための計画も考えなければいけない。


「……すみません、ボス。せっかく掘った穴、塞いでしまって」

「いいや、良いんだ。確かに必要な攻撃だった。あれで死ななかったこいつがおかしいだけだ」


 しかし実際、事が済んでみるとこれはかなりの痛手だ。


「どうします? 明日からはここの復旧ですか? それとも別を掘ります?」

「……可能ならここを掘り直したいところだな。瓦礫を退ければなんとかなるだろう」

「了解です。じゃあ、それで行きましょう」


 細かい作業計画を作ろうとしたところだった。

 ナビアが私の肩を掴んで、引き寄せてきたのは。


「取り込み中に悪いな、スペンサー。今から君には私の故郷に来てもらう」

「……契約書はここでも書けるだろう?」

「いいや、私は君の本拠地で”契約書”を作るほど甘くはないな――」


 リックがスッと私とナビアの間に割って入る。腰のリボルバーに右手を乗せながら。


「……私は、君を聡明な男だと思っている」


 ナビアの視線に合わせ、ライテスが構える。

 ――全く、目眩のするような戦力差だ。


「でも、アンタを殺すくらいのことならできる」

「けれど、その先はない。理解しているだろう?」


 場の空気が張り詰めていくのが分かる。

 ……よく、あんなものを相手に私を守ろうとしてくれるな。リックは。

 本当に得難い部下を得たものだ。


「――よせ、リック。私は彼女についていく。明日のことは任せたい。良いな?」

「それが貴方の頼みなら。しかし、ここは俺も着いていった方が」

「別に護衛の1人ぐらいなら構わないぞ。同行したいのならすればいい」


 リックを護衛に連れていくか。


「いいや、その必要はない」

「良いのか? ミネラスタ人は、エウタリカ人に友好的とは限らない」

「フン、契約相手の私が死ねばお前は何も手に入れられない。この鉱山の権利は、なし崩しにリックが手に入れることになる」


 ナビアの表情が笑みに歪む。僅かばかり声が零れてくる。


「……良いね、好きだよ。そういう肝の据わり方」

「ボス……! 正気ですか……?!」


 リックの問い。私が、正気かどうか。果たしてどうなのだろうか。

 私が、私の人生の中で正気であった時期など存在していたと言えるのだろうか。


「……正気なものか。こんな怪物に出会って、正気なものかよ」


 あの岩の怪獣も、黄金の獣も、それを操る魔女も。

 全てが怪物、全てが私の理解が及ばぬ存在。それでも、それでもだ。

 今、彼女は私を利用しようとしている。彼女が求めてきているのは”私が今後、生涯に得る鉱山からの利益の半分”だ。

 ……つまり、私が利益を上げなければ彼女が利益を得ることはない。ここに必ず活路がある。絶望するにはまだ早い。


「ふふっ、では、今から君を怪物の住処へとご招待しよう――?」

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