第7話

 リックに向けて振り下ろされそうだった岩の腕。

 それに向けて放った弾丸が稼いだ僅かばかりの時間。

 その間を縫うように、ナビアは叫んだ。自らが駆る獣の名を。黄金の獣・ライテスの名を。


「ガァアアアアア!!!!」


 今までにない速度で駆け出すライテス、その背から振り落とされないように私はナビアの腰に腕を回す。

 ――この速度を出した怪獣を操るなんて。なるほど”獣の魔女”という異名に相応しい実力者か。

 それに、なんだ? 日も落ちかけているというのに明るさが増しているような……?


「ッ、逃げろ!! 早く!!」


 ライテスの爪が、岩の腕を突き飛ばす。その先端は強烈な光を放ち、強固な岩を抉り取っていた。

 その様を見て確信する。この黄金の獣は、ライオンやオオカミに類する獣がただ大きくなっただけではない。

 怪獣と呼ぶに相応しい力を持つ存在なのだ。


「勝てるかい? ライテス――」

「……グゥウウウ」


 走り出したリックを見送りながら、ナビアとライテスは”岩の怪獣”と向かい合う。

 地面から這い出し、全体像を見せたそれは異様に腕が長く、別の生物に例えるのなら猿のような骨格をしている。

 無論、岩で構築された身体だ。肌や顔が猿という訳ではない。ただ腕と胴体、顔、足の組み合わせが猿に近いというだけだ。


「―、―――、―!」


 岩の獣、その拳が放たれてくる。リーチの長いパンチは、今までのような振り下ろすとか薙ぎ払うとは全く違う。

 弾丸のように速い岩の拳が真正面から叩き込まれてくるのだ。


「ヒッ……!?」

「怯えるな、戦士だろう?」


 高速で迫る岩の拳を寸前で逃がし、その根元に食らいつくライテス。

 なんて、肝が据わっている戦い方なんだろう。

 ライテスもナビアも、相当の修羅場を潜り抜けてきたのだ。


「グゥウウ……!!」


 岩の腕を食いちぎり、右腕を奪い捨てる。

 黄金に輝く牙が岩を食い破った。


「――、――?!!!」


 痛みにもがくように失った右腕を押さえる岩の怪獣。

 守りに入った怪獣に対し、ナビアはこちらも構えることを選んだ。

 深追いすれば足元を掬われると考えたのだろうか。


「スペンサー、奴の瞳を狙えるか?」

「……できるとは思うが、振り落とされるかも」

「その時は諦めてくれ。足腰に力を入れておくことだ」


 やれやれ、無茶苦茶言ってくれる。

 だが、たしかにこの局面、守りに入った岩の獣を揺さぶるには瞳への遠距離攻撃が有効なのは確かだ。

 ウィルドマスターの新型を持っている私以上の適任はいないだろう。


「ッ……行くぞ、ナビア!」


 定めた照準、絞る引き金、放たれる弾丸。それ自体は岩の左腕で防がれる。

 けれど、牽制としては充分だ。だって、現にライテスは加速を駆けたのだから。

 これで勝敗を決するつもりなのだろう。


「――よく落ちなかったね? スペンサー」

「こんなところで死ぬのは御免さ」


 岩の獣、その喉元に食らいつき、頭を引きちぎるライテス。

 凄まじい力だ。こんな顎に下半身をくわえられていたのかと思うと背筋が冷える。

 胴体と切り離された頭を吐き捨てて、勝利の雄たけびを上げる黄金の獣。その様にホッと胸を撫で下ろした、その時だった。


「ッ……、冗談!?」


 岩の左腕が、ライテスの胴体を薙ぎ払った。

 咄嗟にしがみついた。ナビアが吹き飛ばされないように、彼女ごと黄金の獣の背にしがみついた。

 ライフルは落としたが、なんとか、なんとか振り落とされずに済んだ。


「グゥ……」

「――無事かい、ライテス」


 痛みを押し殺すような唸り声をあげるライテス。

 かなりの衝撃だった。相当の深手を負っているはずだ。


「ガァアアアア!!!!」

「――――、―――、―――」


 右腕を失い、頭を失った岩の怪物が立ち上がる。その左腕を構えて。

 頭のない首からは真っ赤な光が溢れ出し、それはまるで血のようにも見える。


「……全く効果がなかったってわけじゃなさそうだな?」

「ああ。胴体を破壊すれば止まる、気がするね……」


 問題はこちらも傷を負ってしまったことだ。

 そもそも岩に比べたら耐久力に欠けることを、俊敏さでカバーしていた。

 攻撃を受けないということによって。だから今までのようにはいかないし、体力も残り少ないだろう。


「――早めに決着をつけないと、危ういか?」


 それを言った時には遅かった。すでに敵は別の攻撃を仕掛けてきた。

 崩落した坑道から、崩れた岩を掴み、こちらへ投げてきたのだ。

 ッ……ここで、投擲での攻撃とは!


「グゥ――ッ!!」


 寸前のところで岩を避けるライテス。けれど、その動きには無理を感じる。

 ……クソ、せめて私がライフルを落としていなければ、遠距離攻撃の手段が残されていたというのに。


「ッ……ライテス、覚悟、できてるかい?」


 静かに頷く黄金の獣。彼の青い瞳は確かにナビアと通じ合っていた。


「スペンサー、耳潰れても文句、言うなよ?」


 その言葉の真意はすぐに分かった。

 深く息を吸ったライテスの咆哮が教えてくれた。

 黄金の叫びは、大気を揺らし、風の刃を造り出したのだ。


「―――、―――、―――?!!!!」


 自らの残された身体を傷つけられ、怯む岩の獣。

 その一瞬の隙を突き、私たちは突撃をかける。

 これで倒せなければ本当に終わりだと分かっているから。


「ぶっ殺せ、ライテス……ッ!!」

「ガァアアアア!!!!!」


 真紅の光が漏れ出る胴体へと牙を立てる。

 その牙は強烈な光を放っている。光が光を喰らい、赤を奪っていく。その命を喰らい奪っていく。

 ……これが、怪獣同士の殺し合い、なのか。


「上出来だ、よくやったよ。ライテス」

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