第5話

 ――山肌を掘り進めた坑道、光の届かないその奥は夕闇よりもなお暗い。

 ランタンに火を灯し、私はそれを掲げる。


「ボス、一応こいつも持っていきましょ?」


 掘削に使っている円筒型爆薬を渡してくるリック。

 奥にいるのが怪獣であったのなら、これくらいの火力があれば効果があるかもしれない。

 まぁ、火をつけている暇があるのかは分からないが。


「……気が利くな。行こう、リック」


 もう一度、地面が揺れるのを感じながら坑道の中へと足を踏み出す。

 崩した岩壁の破片を踏む音が、反響して響いていく。

 ……いつもの作業場だが、微弱に地面が揺れているのを感じるとやたらと恐ろしい。


「しかし”怪獣”ってのが本当にいるとしたら、いったい何なんでしょうかね?」

「何というと?」

「生き物としてはおかしいと思うんすよ。どうして土の中に埋まってたような奴が”掘ったら目覚める”んだろうって」


 なるほど。リックの疑問も当然だ。

 原住民からの情報収集は万全とは言えないが少なくとも”怪獣”というものは、この新大陸に当然に生息している生物ではない。

 我々エウタリカ人が、大地を掘り起こしたことによって現れ始めたものだ。


「土の中に埋まっていた生物が、生きて目覚めるのはおかしいよな。普通に考えれば」

「ええ、生きてるはずがないんです。冬眠ってレベルの話じゃあるまいし」

「しかし、現実に存在してしまっているのだから、あるんだろうさ。何かが――」


 その答えを私たちが知る日は、来ないような気がする。

 我々の代で、怪獣とやらへの研究はそこまで進まないだろうと。

 だって、あんなもの話を聞くだけで神の摂理を越えた存在だと分かるのだ。

 それを紐解ける日は、来ないだろう。対処法を編み出せれば御の字だと私は思う。


「……待って、ボス」


 砂利を踏み進める中、リックが先を進む私を制した。

 なぜ止めるのか? それを聞こうと思ったが、その気も失せた。

 私たちが歩みを止めたのにもかかわらず、強く響いているのだ。砂利が揺れる音が。この坑道の奥から。


「この先には、開けた空間があります。元から空洞だった場所です」

「ああ、知っているよ」

「音は恐らく、そこから響いている……」


 ――どうする? ここまで来れば理解できる。この奥には”何か”がいる。

 地震とかそういう類のものではない。この奥にいる何かを排除できなければ、金の採掘は停止せざるを得ない。

 だが、私とリックだけで対処できるだろうか? しかし、そもそも人数を集めれば対処できるのか?


(なんだ、この奥にはいったい”何”がいる……?)


 見定めたいと思った。それを見定めなければ、今後の方針を決めることさえできないと。


「ッ……どこまでやります? ”殺し”に行きますか?」

「いや、偵察だ。相手が何なのか見極める。それだけでいい。殺せる相手なら、明日に総出でやる。そうでなければ……」

「――分かりました。大丈夫、やれます。俺たちはツイてる」


 一瞬、リックと視線を交わした。

 ……たまるか、終わってたまるか、こんなところで私の賭けが潰えてたまるか――!


「……行こう、リック」


 そこから先は、一切の音を立てないように進んだ。

 向こう側からの音が大きくなっていくのが分かった。

 砂利が揺れ、岩が軋むような音が静かに、けれどズシリと響いてきた。


「ッ……」


 坑道の奥、掘り進めた先に存在した天然の空洞。

 開けたその場所に、足を踏み出す。

 ……確かに音は聞こえる。何かが蠢く音がしている。


「ッ……足元、だと――ッ?!!」


 ランタンの灯を、紅い瞳が反射した。地面から紅い瞳が2つ覗いていた。


「逃げろ、リック――ッ!!」


 足元が歪むのを感じた。何かがせり上がってくる。そう分かったし、実際にそうなった。

 ――リックを突き飛ばしたのは、咄嗟の判断だった。

 そして私とリックを遮るように岩が生えてきた。腕なのか尻尾なのかは分からない。とにかく岩が蛇のようにうねり、襲い掛かってきたのだ。


「ボス……ッ!!」


 ライフルを構えるリック。けれど、これは無理だ。

 動く岩の向こうには私がいる……!

 失敗した、私に退路がない事も、リックほどのガンマンを使えないようにしてしまったことも、私のミスだ!


「……助けを、呼んできてくれ、リック!」

「ッ、ボス……分かりました、すぐに――!!」


 どうする――? 光る瞳と蠢く腕、この岩の怪物はその全容を見せていない。

 そして逃げ道である坑道の前には腕が構えている。

 背後の足元には紅い瞳が輝く。……終わっているのではないか? 私は既に負けているのではないだろうか?


「……頼むぞ、魔術師殿」


 ウィルドマスターライフルの新型、魔術師が渡してきた1丁を構える。

 獣に似た怪獣になら効くと言っていたが、この動く岩に弾丸が通じるのだろうか。

 ッ、考えている暇はない。眼前の腕を退けなければ脱出できない!


「効いて、いる……?!」


 1発1発の威力は弱く、岩の腕を僅かに動かすだけ。

 けれど、このライフル取り回しが異常に楽だ。続けざまに弾丸を放つことができる。

 なるほど、確かに魔術師と呼ばれるに相応しい技術屋ということか。


「行ける――っ……?!」


 地面が歪んだ。眼前の腕に意識を奪われ過ぎた。足元への注意が疎かだった。

 ――気づかなかった、地面からせり上がってくるもう一本の腕に。

 気色の悪い浮遊感、そして地面に叩きつけられる感触。続けて薙ぎ払ってくる腕を前に、私は、意識を失った。

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