第3話

 ――チェスター・スターレットが、私に用意した餞別。

 それは、とある男との会食の機会だった。

 メタリアへと向かう船の中、最後の晩餐を見知らぬ男と共にする。

 あまりありがたい話ではないが、相手の肩書を聞けばそんな気持ちも吹き飛んだ。


(ウィルドマスター社の開発者、か……)


 ライフル及び拳銃の生産を行う最大手、それがウィルドマスター社だ。

 メタリアの開拓も彼らがいたからこそ行えている側面は大きい。


『スペンサー、彼らは今、あの悪魔を殺すための武器を開発している。

 ”彼”はその中で最も重要な役割を果たしている男だ。

 もしも、君が本気でメタリアの鉱脈を掘り進めるつもりなら、関係を築いておいた方が良い』


 ……チェスの奴も粋な計らいをしてくれるものだ。

 かつての政敵に、このような席を用意してくれるとは。

 そして、それほどの重要人物の存在を把握していなかった自分の情報網が嫌になる。

 セルタリス商会の力がなければ、この程度なのか。私は……


「――お待たせしたね。ミネラスタの鉱山を掘り進めようという商人さんで間違いないかな?」

「ええ、スペンサー・オルブライトと申します。以後、お見知りおきを」

「”商会”を飛び出した一匹オオカミと聞いていたからどんな男かと思えば……なるほど、そういう感じだね」


 まず目を引くのは、その眼帯だった。

 左目を失っているのだろう。少しだけ華美な眼帯で左目は覆い隠され、右目だけがこちらを見つめていた。


「貴方は、ウィルドマスターの開発者と聞いています」

「うん、私はそういう人間だ。仲間内からは魔術師と呼ばれている」

「……本名をお聞きしても?」


 こちらの質問に”魔術師”は静かに首を横に振った。


「自分の名前が嫌いなんだ。ご容赦願いたい」

「……では、魔術師殿とお呼びすればよろしいのかな?」

「うん。それが良いな、スペンサー殿」


 笑みを浮かべる魔術師殿。

 屈託のない笑みを見ていると、彼の年齢が分からなくなる。

 私より上なのか、下なのか。まるで少年のような笑みだ。


「それでだ、貴方は新たに金鉱脈を掘ることへの危険性は理解しているかな」

「怪獣を掘り当てる可能性については重々」

「”掘り当てる可能性”か。なるほど、エウタリカではまだ怪獣を掘り当ててはいないからね、メタリアのそれも運次第だと考えているな?」


 彼の右目がこちらを射抜いていた。

 ……また別の認識を、彼は持っているらしい。


「運次第ではないと、お考えですか? 魔術師殿」

「ああ、グランドアークに現れたような弩級はともかくとして、殺せる程度の小さな怪獣も含めれば、メタリアの鉱脈では必ず出くわす」

「……そう言い切れるだけの情報を、あなた方はお持ちで?」


 こちらの質問に頷く魔術師。


「ウィルドマスター社には”怪獣を殺せる武器を売ってくれ”という依頼が無数に届いている。

 その場所、数をひとつの地図に落とし込んだものが、これになる」


 スッと差し出されたメタリアの地図。

 そこに落とし込まれた怪獣についての説明書き。


「……大陸全土じゃないか、これでは」

「大陸全土なんだよ、スペンサー殿。こうなってくると、こいつらが存在しているのがメタリアだけなのかどうかも怪しいと思える」

「それで、エウタリカでは”まだ”掘り当てていないだけだと……」


 ――確かにそうだ。

 メタリア全土に広がる怪獣出現の報告を見ていると、エウタリカにいないのが逆に不自然とさえ思えてくる。

 この地球という星は、そもそもが悪魔の眠る星だったのではないかと考えてしまう。

 我々はそんな大地の上で地球の王者を気取っていただけなのではないかと。


「幸いにもこの報告のうち大半の怪獣が5メートル程度の大きさだからなんとか対応できている。

 最悪鉱山を破棄して、鉱山ごと埋めてしまえばなんとかなってはいる」

「……しかし、いつグランドアークのような怪物が現れてもおかしくない、と」


 こちらの確認に頷く魔術師。


「だから我々は早急に生み出さなければならない。怪獣を殺せる武器を。

 我々の新天地開拓は、あいつらを容易に殺せるようにならなければ停滞する」

「……確かに、ウィルドマスターが怪獣を殺せるライフルを売ってくれるのなら私の金鉱脈も安泰だ」


 ――さて、どこまでだ? 彼らはいったいどこまで開発を進めているのだろう。

 

「5メートル程度、皮膚が通常の肉食動物に近いものであれば撃ち抜けるライフルを用意している。

 まだ試作段階だが、よければ貴殿に1丁差し上げたい」

「……差し上げる? 1丁だけ?」


 食前酒を嗜みながら、魔術師殿の提案の真意を探る。


「ああ、生憎とまだ数を用意できていなくてね。

 すぐに生産ラインに乗せるつもりだが、その前に貴殿のような人に使ってほしいんだ」

「……私の鉱山から怪獣が出るとは限らないぞ」


 備えがあるのに越したことはないが、怪獣を掘り当ててしまうことを期待されているのは気分が悪い。

 

「なに、鉱脈を掘る知り合いには回しているのだ。悪く思わないでくれ。

 もしも本当に必要になったのならば優先的に回す」

「……良いだろう。その約束、違えるなよ?」


 こちらの念押しに、もちろんと答える魔術師。


「さぁ、仕事の話はここまでにしよう。食事が揃った――♪」

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