第2話
――オルブライト、それはとある牧師の持つ姓だった。
親を持たぬ孤児、親に捨てられた孤児、それらを拾い集め養った奇特な牧師の名前。
それがオルブライトだった。
「いよいよ到着だね、スペンサー」
新大陸・メタリアへと向かう船の上、むせ返るような潮風が吹き付けてくるこの場所で親友が語りかけてくる。
セルタリス商会の中で、私よりも先に出世を果たした男が。
「チェス……貴方ともおさらばだ」
「……本当に、行ってしまうのかい? スペンサー」
チェスの瞳がこちらを見つめていた。宝石のように青い瞳が。
……これだからこの男は嫌なんだ。
チェスター・スターレットという男は、他者に敵意を抱かせない。自然と誰をも味方につけていく。天性の男だ。
「ふふっ、チェス。私は君に特別な敵意を抱いたことはない。
けれどもだ、私と君はセルタリス商会の中で覇を競った者同士、その筆頭同士だった」
「そうだね。けれど決着はついた。会長は僕を選んだ」
ここ数年はずっと商会の中での派閥争いに拘泥してきた。
親友だったチェスターと、成果を上げることで競い続けてきた。
「……スペンサー、僕は君の手腕を買っている。
君のおかげで香辛料の採集量は飛躍的に向上した。君にしかできないことだ」
「どうかな、私は少し労働者を効率的に動かしただけのことさ。死ぬまで使い果たすことだけが能じゃない」
私の最大の功績だ。けれど私は選ばれなかった。
輝かしい功績ひとつよりも、堅実な成果を積み上げ続けたチェスターこそを商会は選んだのだ。
とてもクレバーな判断だと思う。そして確かにその意味では私はチェスターに負けていた。
「……どうするつもりなんだい? 商会を離れて」
「ミネラスタに鉱脈を買った。金が採れる。私はその主だ」
「金鉱脈か。確かに今までの稼ぎを賭けるのには良い場所だとは思うよ」
――けど、知っているだろう? スペンサー。メタリアの大地には、悪魔が潜んでいると。
「……”怪獣”か」
「現地の言い回しではそう言うんだったかな」
チェスの確認に頷く。より原住民に近い言い回しが”怪獣”だった。
「グランドアークはそれでご破算さ。
良質な石炭が採れていたのに今じゃ通り抜けることさえ危ういと聞いている」
「……僕らは”怪獣”への対抗策を持っていない。君の金鉱脈だって、」
分かっている。そもそも金の採掘量として採算がとれるのかというリスクがあるというのに、そこに”怪獣”だ。
土を掘り起こせば悪魔が目覚めるのだという。
……端的に言って相当に危険だ。全てがご破算になる可能性は高い。
「――チェス、もしだ、もしも怪獣がこのまま増え続ければどうなる?」
「金も鉄も石炭も、地下資源の獲得は絶望的になるだろうね」
「それで、だ。怪獣を掘り当ててしまう前に充分な金を獲得できればだ、私の持つ金の価値は今後、飛躍的に高まっていく」
エウタリカの新天地開拓は進んでいる。メタリアだけでなく、他の土地とも海路が繋がり始めている。
経済活動の触媒となる金への需要は、今後高まっていくだろう。
怪獣とやらを掘り当てるまでに大量の金を握ってしまえば、数年のうちにその金の価値は飛躍的に高まる。
「……賭けに出るつもりか。スペンサー」
「ああ、私ひとりの賭けだよ。チェスター」
私を見つめるチェスの表情が、歪んでいるのが分かった。
何かしらの不安を抱いているようで。
……所詮、他人の旅路だ。いったい何を不安に思うだろう。失敗すれば笑い、成功すれば妬めばいい。それだけじゃないか。
「本当に、君のそういうところが怖いんだ。まるで根を張らない植物のようで」
そう言ったチェスターは、ひとつ溜め息を吐いた。
「……君を引き留めたかった。綱渡りをしようとする君を。僕の元に置いておきたかった。
けれど、それが無理だというのなら、餞別を送ろう。もしもの時、君が掴む綱のひとつになれば良い」
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