怪獣鉱脈 ―モンスターラッシュ―

神田大和

第1話

 ――顎に、食われていた。

 黄金の毛並みを持つ獣、いいや、獣と呼ぶには余りにも巨大な”怪獣”の顎に私は咥えられていた。

 少しでも、あと、ほんの少しでも力を入れられたら私の腰は完全に噛み千切られるだろう。


(……クソッ、なんで、なんでこんなことに)


 歪む意識の中で、右手に力を入れる。ライフルを握り締める。

 ……この獣に、こちらの攻撃が通じるだろうか。

 そもそも相手の匙加減ひとつで殺されてしまうこの状況で、銃弾を撃ち込むのは逆効果か……?


『やめておくことだ。その鉛玉を受ければ”私たち”は君を殺してしまうかもしれない』


 ッ――喋った、だと?! この獣は人の言葉を解するというのか……ッ!!

 だとすれば私たちはなんてものを、掘り起こしてしまったんだ!!


『――か弱き来訪者よ、君が”スペンサー・オルブライト”か?』


 私の名前を、知っている……?!

 いったいなんなんだ、この怪物はいったい何を知っていて、何を知らない?

 どうして私の名前を知っている? どうして私が私だという確信を持っていない?


「そうだと言ったら……?」

『重ねて問おう。エウタリカ人にとっては、君がこの金鉱山の所有者で間違いないな?』

「そうだ! たった今、お前という”怪獣”を掘り当ててご破算さ、全部!」


 クスクスという笑い声が響く。

 ……待て。そもそもこの黄金の獣は、どこから声を出している?

 彼は私をくわえたまま一切の動きを見せていない。零れる吐息が、絡みつく唾液が、彼の口が動いていないことを証明している。


『ふふっ、違うな。君が掘り当てたのは私たちじゃない』


 言いながら黄金の獣は、首を横に向ける。

 ――その先には、岩肌から生える腕があった。私の鉱山を台無しにした怪獣だ。

 あの”岩の獣”の全容が、この黄金の獣だったわけではないということか。


『ライテス、離してやれ』


 初めて獣の声帯が揺れるのが分かった。そして、私は投げ出された。

 地面を転がり、見上げた先――


『――スペンサー・オルブライト、私と”契約”してくれないか?」


 黄金の獣、その背の上に座っていた。1人の女が。

 肌の色を見れば分かる。あの褐色、原住民だ。ミネラスタの原住民だ。

 歳は、いったいいくつくらいだろう。分からないけれど、そう離れているとは思えない。


「……契約、だと?」

「そう、君たち来訪者の、いいや、エウタリカ人の大好きな”契約”だよ」


 少し近くでは、岩の揺れる音が聞こえる。

 私の持っている武器は、ウィルドマスターライフルが1丁。ほとんど役に立たないことは分かっている。

 絶望的な状況下、契約を迫ってくる黄金の獣を駆る女。なんだ、いったい何を持ち掛けてくる? この状況で、私に何を求める……?


「オルブライト、お前の鉱山から採掘される金の利益の半分を私に寄こせ。

 そうすれば助けてやる。あの岩の怪獣も殺してやろう」

「ッ……半分、だと?」


 こちらが答えに窮した、その瞬間だった。岩の腕が襲ってきた。

 ――私は、一瞬のうちに抱きかかえられていた。黄金の獣を駆る女に。


「断れば君を放り投げる。是非はないぞ、エウタリカ人」

「……ミネラスタ、」

「フッ、君らは我々ミネラスタに不利な契約を呑ませてきただろう? 順番が巡ってきたのさ、君にもな」


 ――彼女の言っていることは事実だ。

 私個人はともかくとしても我々エウタリカは、ここの原住民であるミネラスタ人に不利な契約を飲ませてきた。

 彼女が”契約”という言葉を使うのも我々への当てつけだろう。


「さぁ、どうする? 選ぶのは君の自由意志だ、スペンサー・オルブライト」


 呑むしかない。彼女に突き付けられた要求を呑むしかない。

 そう思いながら、突きつけられたものの大きさに、眩暈がした。


「良いだろう。今後、この鉱山から得られる利益の半分を君に譲渡する」

「違うな、スペンサー。この鉱山じゃない、今後に君が手に入れる鉱山全てだよ」


 ッ……!! この女、正気か……?!


「これが最後通告だ、どうするのかな、スペンサー?」

「……ッ、良いだろう、私が今後、鉱山から得る利益の半分を君に譲渡する」

「よろしい。契約成立だ。私の名はナビア、ナビア・ミネラスタ。君の人生を貰い受ける女の名前だ」


 ――なんてふざけた契約だろう。こんなもの後でいくらでも反故にできる。

 胸の中でそう思っていた、はずなのに、何故だろう。

 美しいと思った。ナビアの翡翠色の瞳が。不敵な笑みが。


「さて、怪獣退治を始めようか――」

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