Canelé 〜カヌレ〜

 甘い香りがキッチンに漂う。泣いていた赤子さえも泣き止むような甘い香りに包まれ、私は温かい気持ちになった。

「そろそろかな」

私は、オーブンを覗き込む。型から溢れるように美味しそうな生地が盛り上がっている。


  ピーピーピーピー


 Mr.オーブンが「焼き終わったよ!」と知らせてくれる。私は、鍋つかみをはめ、鉄板を引き出した。ただでさえ甘い香りが漂っている部屋により一層その匂いを強めるように、出来立てほやほやのカヌレが出てきた。ドキドキしている心臓をなだめながら私は、竹串で生地を刺し生地が中まで焼けていることを確認した。よし、次!

 あらかじめ用意していたケーキクーラーの上に、カヌレ型を一つづつ移し、型から生地を外した。これまでの甘い匂いとは違った、香ばしい匂いがほのかに香る。表面は茶色く色づき、油を塗ったように反射している。

「よし、完成!」

と私は呟き、椅子に座った。

 その時、低いとも高いとも言えない声が聞こえた。

「おっ瑠璃、カヌレじゃん!」

ドクン。心臓が高鳴った。

いつき・・・」

そうこの男は樹と言って、高校1年生なのにまだ声変わりのしていない、だ。そのくせ、いつも私の心臓をかき乱す。

「いっただき〜!!」

出来立てアツアツのカヌレを素手で掴見かけている。ちょ、出来立てだからやけどしちゃう。心配している私をよそに樹は、まだそのことに気づいていない。

「あっつぅ!!!」

もう、危なっかしいんだから。大丈夫?心の中では、そう素直に言えるのに––––。

「もう、つまみ食いするからでしょう!樹、いつになったら学習するのよ!毎回毎回怒らせないでよ」

あぁ神様、私はなぜ素直になれないのでしょう。あぁ・・・

「朝っぱらから、うっせーな」

指に、ふぅふぅと息をかけながら樹が言った。時計は10時を指している。彼の時間感覚は、なぜここまでずれてしまったのだろう。私はつくづくそう思う。

 ––––それにしても10時か。10時、10時。なんか用事合ったような気がするんだけどな・・・じゅ

「あっ!!寮会議だ!」

私は、慌ててキッチンから飛び出し、斜向かいにある1階会議室に向かった。斜向かいと言っても、2000人あまりの全校生徒を含め、数百人の先生方も一緒に暮らす寮は、大きい。廊下の端から端まで歩くと、いくら早く歩こうとも4、5分はかかってしまう。おまけに8階建てなので、食堂(1階)から自室(4階)に行こうとエレベーターを待つが、いくら待っても来ない場合があり、その時はやむおえず階段を登るのだ。

 ガチャリ、と重いドアを勢いよく開け、

「すみません、高校1年A組代表、牧野瑠璃遅れました!」

と叫んだ。

「遅い。何時からだと思っている」

寮長である宮井 将輝みやい まさき(高2)が、メガネをクイッと押し上げながら私を睨んだ。その瞬間に目があった。強すぎる目力に恐れながら、私は震える声であやまった。

「すみません。以後気をつけます」

怖。

「まぁ良い。そこに座れ。では、続ける。––––」

他の室長からの視線を痛いほどに感じながら、所定座席に座った。

 昨日の夜遅くまで、カヌレを作っていたからだろうか。急に睡魔が襲ってきた。ゆらゆらと揺れる視界の中で、ここで寝られたらどんなに気持ち良いだろうと思った。いけないと分かっていると思いながらも、夢の世界へと入ってしまった。


「–––璃」

誰かが呼んでいる。

「––瑠璃、––野瑠璃」

だんだんと、声が明確に形を表していく。

「牧野瑠璃!」

「はっ」

宮井 将輝だ!

「終わったぞ」

宮井は、呆れた顔で私を見下ろしている。

「はあ・・・」

そんな顔、するんだ。中1からの付き合いだが、たいてい冷淡な顔しか見たことがなかった。だから、とてもびっくりした。

 とくん。興味が湧いてきた。

「なんなんだろ」

私はそう呟きながら、ドアへ向かう宮井の背中を眺めていた。


…瑠璃ちゃんの一口メモ♡ カヌレのポイント編…

①めっちゃ簡単なカヌレ型の説明!

 手のひらよりも小さな円柱を思い浮かべてください。それを上から見ると、花の形が型どられており、その中心は凹んでいます。

 以上です。わかりにくかった場合は、調べてください!

②たいてい、ラム酒が入っています。(私は、なんでも合うのでラム酒が好きです。)

 ↓ラム酒についてはこちらから

https://macaro-ni.jp/66075

③銅型・スレンレス型・シリコン型で、焼き色や食感が全く違う!

 伝統的なのは銅型ですが、今は手頃なステンレスやシリコンが流行っています。

銅型の場合:上の凹んでる部分は周りと同じ色。食感は、割と柔らかめ。

スレンレス型の場合:凹んでいる部分が少し黄色味がかっている。食感は固め。(私は、これが好き!)

シリコン型の場合:凹んでいる部分が黄色。食感は柔らかい。

④高温で焼くので、パン屋かケーキ屋さんで売っています。

⑤途中、1日は寝かせたり、混ぜる勢いを変えたり、途中温度を変えたりと、非常に集中力が必要です。つまり、カヌレは努力の塊なのです。


最後に

 こだわっているお店のものは、バニラビーンズとラム酒の香りがすると思います。さらに、凹んでいる部分の色で、どの型が使われているかわかります。もし銅型が使われていたなら、そのお店はこだわっていると言えるでしょう。

 ぜひ、食べて見てください!

 

 

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