3Dプリンタが世界に現れたのは西暦二〇〇〇年代初期と聞いている。

 当時は樹脂を原料としており、プラスチック製品を作れる程度であり、壊れやすく今ほど万能ではなかったそうだ。

 だが時代は進み3Dプリンタの性能はめまぐるしく向上した。

 用途とそれに合った材料だけ入れれば、インターネットで購入した設計図に則って勝手に印刷されてくる。

 これさえあれば四角い部屋に衣類の詰まったクローゼットがすぐに完成する。

 発明された当時はかなり物議をかもしたらしいが、僕たちからしたらありがたい限りである。

 この3Dプリンタでできないことは生体物と木材が作れないこと、死人を生き返らせられないこと位といわれている。


 そんな3Dプリンタが浸透したおかげで大きく変わったことが一つある。

 それが本物の価値だ。

 西暦二〇〇〇年代に住んでいた人には想像もつかないだろうが現在人の手によって作られたものはそれが贋作であれかなりの価格で取引される。

 設計図に基づいて作られた画一的な自家製品と比較し、人の手によって作られたものはそれだけで価値がある。

 そしてそれを持っていることがこの世界ではある種のステータスとなっている。

 そして、手に入れたものが本物なのかを確認するため。

 人々は鑑定士の事務所の扉を叩く。ここもそんな鑑定士の内の一つだ。

 なお、協会所有の目録の権利を持っているのは鑑定士だけである。

 なぜ一般公開されていないのかだって?

 そんなものが公開されたらすぐにスキャンされて設計図が作られるだけだからだ。

 本物の価値が高くなった今。

 本物を本物たらしめるための情報の保護も必要なのである。


「これは、先日亡くなった祖母の遺品整理をしていた際に出てきたものなんです。最初は自家製品ではないかと思ったのですが、宝石って未発見の本物である可能性が高いって言いますし。ちょっと調べてみてほしいんです」

 応接室に通すと、玲子と名乗った女性はそう言って説明を始めた。

 彼女は首都で働いており、一人暮らしだという。

 先日この島に住んでいた玲子の祖母が亡くなったらしく。

 その葬儀のためこの島に来ていたらしい。どおりでここではあまり見かけない姿をしているわけだ。

「この指輪の入手ルート等がわかるものがございますか。またおばあ様がなくなる前にこの指輪についてなにか話していたりは」

「いえ、全く。祖父もすでに亡くなっており、母も祖母が愛用していた指輪とは言っているのですが、それ以外は聞いたことが無いと」

「そうですか、少し見せていただいても?」

 そう言って丁寧な口調で話す先生は、単眼鏡を掛けて手に取った指輪を見ていく。

 先生が珍しく真剣だ。

「ふむ……、申し訳ございませんが、こちらの真贋判定を今すぐに出すことはできません。こちらを預からせていただくことはできますでしょうか」

 指輪を置いた先生は、玲子の方を向いてそう言った。

 ここで働き始めて初めて見る真剣な表情がそこにはあり、今回の案件がかなり難しいということを物語っている。

「わかりました。ですが、鑑定料はどうすればよろしいでしょうか。あいにく私は二日後の晩の便で首都に戻らなければならず、次にこの島に来れるのはそれから最短でも二週間後になると思います」

「では、二日後の午後に来てください。それまでに鑑定を致します。鑑定料については真贋判定の結果によって金額は確定しますので、現時点では保留となります」

 その言葉に納得し、玲子は宿泊先の連絡先を先生に渡すと、外に待たせた無人タクシーに乗り帰っていった。

「先生、これは本物なんですか?」

 珍しく先生が判断を保留したのだ、僕は玲子の乗った無人タクシーが見えなくなったのを確認すると直ぐに事務所に戻り先生に質問してしまった。

「うん、わからん」

「わからないって、先生にも苦手な案件があったってことですか?」

「馬鹿か! そんなわけないだろ、相手は宝石だ。慎重にもなる。それにこれ、見てみろ」

 そう言って先生が渡してきた宝石確認用の単眼鏡を左目に装着し、宝石を確認する。

 単眼鏡のレンズ上に宝石の情報が表示されていく。

 典型的なブリリアントカット。成分も宝石に間違いない。

 表示された情報を一つ一つ確認していくと、足りないものがあることに気が付いた。

「先生。この宝石、IDがついてません。それに作者の名前も」

「ああ、自家製品かと思ったが、作者の刻印もなければこの単眼鏡のID識別にも反応しない。つまりこいつは一般の3Dプリンタに必ず搭載されているはずのID付与機能のない3Dプリンタにより作られた自家製品か、宝石に対応した3Dプリンタが製造される以前の作品だ。我妻、明日明後日の来客予定はキャンセルしとけ。事務所は閉めておくからお前も来なくていいぞ」

 先生の声は楽しそうだった。

 そりゃそうだ、偽物なら一大事、本物でも一大事である。

 とても鑑定士らしい仕事が来たのだから。

「それで我妻、夕方のコーヒーとケーキはどうした。もう一五時を過ぎているぞ」

「え、あっ。すみませんすぐに」

 僕は急いでキッチンに向かう。

 夕方のコーヒーはこの豆を挽くほうだったはずだ。今度は失敗しないように慎重に。

「早くしろよっ」

「ちょっと待ってください」

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