二日が経った。空は二日前と変わらず青々としている。

 鑑定事務所の前についた僕は時計を確認する。

 いつもより早く来てしまったようだ。

 鑑定に集中するからと先生からは二日間締め出されたので、ちょっとした遠足気分で今日という日を迎えた僕ははやる気持ちが抑えられなかったのだろう。

 浮かれた気持ちを気取られてまた小言を言われるのが目に見えているので入口で深呼吸して中に入る。

 奥からいびきが聞こえてきた。よし、先生は起きていない。


「先生、結果が出たんですか?」

「ああ、だが結果は依頼人が来てからだ」

 先生に朝のコーヒーを渡しながら質問するとそう返されてしまった。

 追及して朝から不機嫌になられるわけにもいかないので、残念だが僕も玲子を待つことにした。

 今日の予定を確認したが、午前中は何も予定が入っていなかった。

 先生も思うところがあったようだ。午前中は書類を整理するだけで過ぎて行った。

 それと、今日は朝のコーヒーに文句を言われなかった。及第点は取れたようだ。

 玲子は昼過ぎに重そうな荷物を連れてやってきた。

 あれは四年前に配信された持ち主追跡型のキャリーバッグだ。

 どうやら鑑定結果を聞いてすぐに帰るつもりのようだ。

 僕は玲子を応接室に通し少し待つように伝えた。

「それで、どうでした?」

 先生が応接室に入って来ると待ちきれなかったのか玲子は直ぐに立ち上がり問いかけた。

 先生は指輪を玲子の前において神妙な面持ちで口を開いた。

「正直に申し上げます。現時点で回答を差し上げることは不可能です。鉱石の性質、純度、重量どれも確認しましたがこれらは一般的に言われている宝石の内容と合致しました。こちらは間違いなくサファイアです。そして宝石の自家製品であるならばついていつはずのIDや刻印もない。つまりとても本物の可能性が高い宝石です」

「なら、本物ではないんですか? 貴方の言う刻印やIDが無いわけですし」

「ええ、その可能性が高いです。ですが、この石はいくつか疑問点もあります。そしてその疑問点を解決するために、一旦専門機関での検査をご同意お願いしたい」

 先生はそう言って玲子の方を見た。

 玲子は少し考えるしぐさをしたが、これで宝石が本物かどうか分かるならと、そばに控えていた僕から同意書を受け取り必要事項を記入してくれた。

 そして三日後、僕と先生は自分たちの島を離れ、協会の本部がある首都に来ていた。


 初めて来た首都は僕の住む島とは大違いで、空も真っ白で緑が少なく、一定の高さのビルが画一的に並んでいた。

 唯一同じと言えば世界規格となっている車道くらいだろう。

 前を歩く先生は首都に慣れているらしく、さっさと歩いて行ってしまう。

 あたりを見回しながら先生の後をついていく僕の姿は、田舎から初めて都会にやってたお上りさん特有の動きだったのだろう。

 すれ違う何人かの人が僕のことを見て微笑ましそうにしていた。

 無人バスを乗り継いで降りた駅を出ると、目の前に高級な黒大理石によって作られた壁を持つ大きな建物が現れた。

 ここが僕たち鑑定士の所属する協会本部だ。

 初めて来た憧れの地、理由はどうあれそこに来ることができたということに僕は感動して建物を見上げていたが、気が付くと先生は入口の近くに行っていた。

 先生にとっては僕の感動など関係ないのだから当たり前だ。急いで追いかける。

 先生が入口で右手をかざす。

 ID認証完了の文字が表示された扉が開き、足元に受付への誘導矢印が表示された。

 矢印を追っていけば受付にたどり着けるということだろう。

 矢印に従って進むと、受付と思われるブースにたどり着いた。

「御堂教授はいらっしゃいますか」

「失礼ですが、アポイントはとっていらっしゃいますか?」

「はい、A一〇地区の専属鑑定士が来たとお伝えくだされば問題ござません」

「承知いたしました。しばらくお待ちください」

 待つこと数分後、受付の人に案内され、僕たちは御堂さんのオフィスに通された。

 オフィスには教授用の机と椅子、来客用の椅子と机だけが置かれたシンプルなものであった。

 先生の事務所や応接室のようにいつどこで作られたのかわからないオブジェが置かれていたりはしない。

「いやぁ、久しぶりだね」

 御堂さんは席から立ちあがりそう言って先生に握手を求める。

 先生は若干嫌そうな顔をしつつそれに応えて手を握り返す。

 老人が多い開拓初期の島にいる先生が世界唯一の国営の鑑定機関の有名人と顔見知りとは、地元の鑑定事務所だったからと応募したが、先生は実はすごい人なのかもしれない。

 ただ、先生はあまり御堂さんのことを好きではないようだ。

 御堂さんは時々テレビのコメンテーターで見かけることもある有名人。

 切りそろえられた髪に、整った顔立ち、スポーツも嗜んでいるのか肩幅もしっかりとしている。

 対していつも事務所でだらけた先生は髪は整っているが、顔立ちは普通、体系は運動とは縁遠いのか線が細いというか痩せている。

 一昔前の言い方をすれば体育会系のイケメンと文系のひねくれものといったところだろう。

 スーツや時計はカタログに載っているものであった。

 全てオーダーメイドで着飾っている先生とは大違いだ。

 やはり民間の鑑定士は儲かるのだろう。

「それで、今日は何だって遠路はるばるやってきたんだい?」

「実はこいつを調べてほしい」

 昔話に花を咲かせるのかと思ったが、用件の話がすぐに始まった。

 やはり仲良くは無いらしい。

 そういって先生は指輪を取り出し御堂さんに渡した。

 御堂さんも単眼鏡を着けて確認していく。

「これは、サファイアかい」

「ああ、自家製品かと思ったが、あるべきものはついていない。宝石自体の成分と構成はサファイアに変わりない。表面に傷が見られるが、それはこの指輪を使っていたことで付いた傷だろう。それらの要素から考えるに本物の可能性が高い。だが、重心のバランス、各断面の面積が整い過ぎている点が気になる。宝石の加工技術は西暦の時代から変わっていないし、現在も職人と言われる人間はいる。違法なプリンタ製の可能性もある」

「確かに、IDも刻印もない。つまり、この疑惑の宝石が本物かどうかの見解を我々から得たいと」

「ああ、そういうことだ」

「これが本物だった場合、所有者登録をその女性にする必要があるが、問題無いかね」

 本物を所有する人間として社会に公開されることが何を意味するのか、分かっているのかという念押しだ。

「ああ、それに関しては大丈夫だ」

「分かった。鑑定をしてみよう。鑑定結果が出たら連絡する」

 そして僕たちは御堂さんの部屋を後にした。


「先生は御堂さんと知り合いなんですか?」

 協会を出て港近くにある定食屋に入り、機械の管から出てくるのではない職人が作る料理いうものに目を輝かせていた僕は、ふと思い出したように先生に質問をした。ちなみに、僕たちのA一〇地区への定期便は一日に一回しかないため、今日は港隣接のホテルに宿泊予定だ。

「ああ、あいつは研修生時代の同期だ。あいつは私と同じくらい勉強熱心でな、鑑定士として必要な芸術品への知識も相当豊富だった。あいつも民間に入ると思っていたんだが、まさか国営機関に入るとは思わなかったよ」

「同期の時代は仲良かったんですか?」

「全然、ただ協会の仕事はデータ管理や美術館の運営で実際の鑑定は民間の鑑定士の仕事だ、価値あるものを価値があると言える立場は鑑定士にしかない。そういった本物の価値を守ることに関してあいつは熱心だった」

 あまり先生から過去の話は聞いたことが無い。

 僕が知っている先生と言ったら、国営機関の出すライセンスの中でも上位の鑑定資格を持ち、若くして独立。

 A一〇地域という島をたった一人で任せられるだけの実力を持っている。

 そして自家製品が嫌いといったところだけだ。

 自家製品が氾濫した現在、それを良いという人もいるが、本物を持つことはある種のステータスであると共に、それを持つというだけで人の心を充実させる要素となる。予想外にも先生はそういった鑑定士としての仕事に誇りを持っているようであった。

 先生を給料の払いが良いが口の悪い人としか思っていなかったが、案外人間だったようだ。

「まあ、私が民間になった一番の理由は民間の方がもうかるからだがな」

 訂正、とても俗人的だったようだ。

 ただ、その昔を懐かしむ姿は、先生にも切磋琢磨する相手がいたことを示していて、A一〇地域の少ない若手と言われる僕には少し羨ましい気がした。

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