第173話 全ては過去のこと
「ごめんね、シャル。いつもいつも、一方的に自分勝手なことばっかり言っちゃって。そして、ありがとね、シャル。今までこんな私と、仲良くしてくれて」
そんな言葉に気が付くと、いつの間にか、少女は少し涙ぐんでいた。
「じゃあ今から、あなたに私の記憶を見てもらうわけだけど……その前に、もう一つだけ言ってもいいかしら。まあ、これも、後から記憶を見れば済む話なんだけど、どうしてもこれだけは、いま私の口から直接伝えておきたいって、そう思ったから」
シャーロットがうなずくと、少女は続ける。
「外の世界を見てみたかった、もっといろんなことが知りたかったって、以前、私、あなたにあの部屋を飛び出した理由をそう説明したわよね。……でもね、本当は違うの。それだけじゃなかったの。今になってようやく気が付いたんだけど、私が本当に求めていたものは、自由なんかでも、知識なんかでも、刺激のある毎日なんかでもなかったのよ。
私はただただ怖かったの。シャルが来るまでの朝のひと時が。たまに来る、シャルの休日が。シャルが帰ってしまったあとの静かな部屋が。いつの間にか、独りぼっちで居ることが、怖くて怖くてたまらなくなっていたの。出会ったばかりの頃は、そこまでひどくなかったはずなのに――、どうしてなのかな。今じゃ、シャルがちょっとお寝坊しただけでも、もう二度と私に会いに来てくれないんじゃないかって、そんなことばかり考えてしまっている。
―――――――――546―――――――――
でも、シャルにはシャルの人生があるわけだし、なにより、シャルはお父様に命じられて、私の元を訪れていたわけでしょう? だから、いつまでもシャルひとりに頼ってるようじゃいけないなって思って――、ある日突然、シャルが何らかの理由で来られなくなってしまっても、何とか日々を送っていけるように、私は今のうちに外の世界で友だちを見つけておこうと思ったの。魔毒症のことがあったから、不安じゃなかったと言えば嘘になるけど……それでも、友だちくらい、誰かに見繕ってもらうんじゃなくて、自分の力で作りたかったから。
まあ、それも、今となっては叶わぬ夢になってしまったわけだけど。……孤独を恐れて外に出て、唯一の友だちを失っているようじゃ世話ないわよね」
そう言うと、少女は一瞬目を閉じて、自嘲するように口をゆがめた。
きっと口に出して伝えていれば、変わっていたこともたくさんあるのだろう。
少女の思いを一つでもシャーロットが汲んでいれば、こんな不幸は起こらなかったのではなかろうか。
だが、全ては過去のこと。
少女の声にうながされ、記憶の紙に再度手を掛けると、シャーロットの視界は、黒い文字で埋め尽くされた。
―――――――――547―――――――――
瞼がぐっと重くなり、身体の力が抜けていく――。
痛みが消え、肉体から解放された心地になる――。
そんな最中、どこからともなく、こんな声が聞こえてきた。
「今さらこんなことを言われても、信じられないだろうし、信じてもらえるとも思ってないけれど……私ね。シャルのことが本当に大好きだったんだよ」
それが冗談なのか、そうでないのか。尋ねる前に、意識が自分の手の内から離れて行った。だが、構わない。全ての真意は記憶の中で知ることが出来るのだから――。
「お休み、シャル」
そんな優しい言葉とともに、シャーロットの意識は暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます