第77話 正義ごっこ

「本当は、確認しなくても分かってるんだろ!」

 路地裏に響く大きな声。赤鎧がゆっくりとルーツの方を向いた。

 その取り巻きは一斉に腰に手をかけて、銀色の切っ先をルーツの前に突きつけたが、赤鎧は兵士たちの動きを手で制す。

「第十四条十七項、民間人に武器を向けることを禁ず」

 まさに、鶴の一声。兵士たちはたじたじとなり、即座に剣を腰に戻すとルーツに一礼し、赤鎧の後ろに退いた。

―――――――――517―――――――――

「さて、貴様。説明してくれ、何の真似だ」

 高圧的な態度に、思わず足が逃げ出しかけたが、ルーツは先ほどのユリとのやり取りを思い出し、その場に踏みとどまる。ユリは戻ってきてもいいと言ってくれたが、あれだけ一方的に言ったのだ。いま逃げかえれば、恥ずかしいなんてもんじゃない。カラカラになった口の中で、何とか唾を作り出し、ひと飲みすると、途端に言葉が溢れてきた。

「その紙に、この男がやったことは全部書かれてるんじゃないんですか? さっき、あんなに詳しく、この人がどんな罪を犯したか言ってたじゃないですか。わざわざ指を折ってまで確認しなければいけないことじゃないでしょう?」

 ルーツは、赤鎧が手にしている書状を見ながら口にした。

「正気に戻るのを待てばいい話じゃないですか。今ここで、そんなことをしなくても、逃げれないように縛るなり何なりしておけば、後でいくらでも確認できるのに……。それに、いくら許可証とやらを持っていなかったとしても、店を出しただけで骨を折られるなんて釣り合ってない。贅沢をしているわけでもない。誰かに迷惑をかけたわけでもない。ほんのちょっぴり魔が差しただけかもしれないのに、ここまでしなくちゃいけない理由があるんですか?」

 ひと息で言い切ったルーツを、赤鎧は冷めた目で見ていた。まるで、値踏みでもしているかのように、視線が上から下へ、下から上へと往復する。

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「小さいな」

 結局、赤鎧はポツリとそう言った。そして、嫌味か何かだと勘違いしたルーツが文句を言う前に、続けざまに語り掛けてくる。

「年は幾つだ」

 まったく人の質問に答えようとしないその横柄な態度に、ルーツは話をすり替えられたようでイラついた。

 が、こんな事でいちいち言い争っていては、埒が明かなくなってしまう。

「十二歳です」

 大人しい口調で、ルーツはそう答えた。実年齢から一つサバを読んだのに、深い意味はない。小さいと言われたことに対する、ささやかな抵抗のつもりだった。

「一番、苦手な年頃だ」

 ルーツの返答を聞いた赤鎧は顔をしかめる。

「精神的に発達した大人になるにはまだまだ幼く、かといって聞き分けのいい子どもにも戻れぬ中途の期間。気ばかりが大きくなって、自分より大きなものに喧嘩を売りたくなった、といったところか。……その衝動を、私は咎めはしない。だが、正義ごっこに限っては、家の中だけでやることをお勧めする」

『正義ごっこ』明らかに赤鎧は、まともに取り合う気がないようだった。言い返す言葉を探っていると、不意に胸の辺りをトンと軽く押され、ルーツはポスンと尻もちを着く。目をパチクリした後、自分が赤鎧に倒されたことに気が付き、慌てて立ち上がるも、赤鎧は既に立ち去ろうとしていた。

―――――――――519―――――――――

「人を傷つける法が正しいのかどうか疑いもしないで、馬鹿みたいに有難がってる人たちこそ、ごっこ遊びから抜け出せない、ただの子どもだろ!」

 赤鎧の気を引きたくて、ルーツは咄嗟に思いついたことを闇雲に言う。

 そのおかげかどうなのか、赤鎧の足はピタリと止まった。が、振り返ったその顔は、今までで一番冷たいものになっていた。

「いいか、貴様。少しは考えてから物を言うようにしろ。よく知りもしないのに、自分の見方だけが正しいと信じ切り、他者の批判ばかり繰り返す奴ほど惨めな者はない。……お前たち、少し予定が変わった。そのままそいつを押さえつけておけ。私は、もう一人の方を教育しなければならなくなった」

 そこまで言うと、赤鎧は長い槍を壁に立てかける。

「なあ、貴様。勉強は好きか?」

 それは、お天気でも尋ねているような切り口だった。だが、表情を見れば機嫌が良くないことは明白だった。そしてルーツが、迷いがちにうなずくと、

「良かろう。知識は常に正義であり、知らないということは悪だ」

 無知は罪。赤鎧は、前にリカルドが言っていた事と、同じような事を口にする。

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「教養の無い者が減ることは我が国の利益につながる。今から言うことを聞けば、無学な貴様にも、この男が犯した罪の重さが分かるだろう。独りよがりの正義感を振りかざすのは、その後からでも遅くない。大人しく聞いて行け」

 自分だって物事を決めつけて考えているような気がするのだが、それはともかく、赤鎧はルーツと話をする気になっているようだった。

 予想もしていなかったくらい早々と対話の機会を得たことに、ルーツは内心小躍りしたい気分だったが、神妙な面持ちでコクリと頷く。それを良しととったのか、赤鎧は火傷の痕を何度か擦ると、低い調子で話し始めた。

「貴様は先ほど、店を出しただけで骨を折られるなど釣り合っていないと口にしたな。だが、それは大きな間違いだ。無学な者によくあることだが、貴様は目の前のことしか見えていないのだ。少し頭を冷やして、違う視点から見つめれば、この処分が重いどころか、軽すぎるということが分かるだろう。時が時、国が国なら問答無用で殺されていてもおかしくない。これを放置すれば赤貨数百枚、いや信用を考えれば、数値で表せないくらいの損失が出る可能性があるのだ」

 そうは思わなかったが、とりあえず頷いておく。すると、赤鎧は一切、質問する暇を与えることなく、淀みない口調で続けた。

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「王都は多くの物品や人が集まる流通の要。商人にとっては最高の市場だ。だが、此処は元々、街全体が王族の住処だった土地。城や、貴族方の邸宅。兵士たちが集団で生活するための兵営や、旅人や労働者のための宿。市場の発展が国家の発展につながるのも事実だが、街という形態を保つためには、それらの建物が必要なのもまた事実。そのため商人は決められた通りでしか、店を開けないことになっている。しかし、そのままでは当然、場所の取り合いが生まれ、争いも起きる。その諍いを穏便に治めるために存在するのが許可証なのだ」

 赤鎧がそこまで言うと、兵士の一人が進み出て、黒塗りの平たい木箱を手渡した。そして赤鎧は箱を開け、その中から新たな書状を取り出し、ルーツに見せてくる。書状には幾つかの、おそらく直筆だと思われる署名がされてあった。


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