第14話 閲覧室ではお静かに
副店長にはわたしから話を通しておくことにして、今日のところは解散にしようとヤスヤたちに告げる。城下町に宿をとっているという話だったので、わたしとしてはおとなしく帰ってほしかったのだが、せっかく来たのだからと観光して戻ることにしたらしい。元気なことだ。
なにはともあれ、休憩終了。さっさと仕事に戻るべし。
いつものように手を繋ぎ、職場に向かうその途中。ふと人通りが途切れた回廊で、ヴァルくんがわたしをちらりと見上げた。
「あんな連中にうろつかれては、私の読書の邪魔なんですが」
「……わたしだって、仕事の邪魔ですよ。でも仕方ないじゃないですか」
彼らがここまで来てしまったのは、わたしの姉兄が原因だ。妹として、その尻拭いをしなければならない。
……思えば昔からそうだった。
思いついたら一直線の姉と、没頭したら一直線の兄の下で、わたしはいつもその尻拭いをして回っていた。下手に天才肌な人たちだったせいで、いろんな無茶ぶりをされて振り回されていたものだ。
そして、その経験から予測すると。
「ここであの子たちを無碍にしたら、うちの双子どもが押しかけてくるに違いないんですから。適当にそれっぽいことを見つけてもらって、さっさと出て行ってもらうしかないですね」
「それっぽいこと、ですか」
「ケイちゃんのことは本当に気の毒ですけど、実際、本に解決法を求めるより、大きな魔術病院で調べてもらったほうがいいと思うんですよね。チキュウだかなんだかから来たヤスヤくんとケイちゃんはともかく、あとの二人は、それくらいわかってもいいはずなのに」
ヤスヤは〈呪い〉という言葉に拒否反応を起こしたようだけど、ケイちゃん本人の身心に問題がないのなら、なんらかの魔術的要因が絡んでいる可能性も高い。素人が下手に騒ぐより、国家資格持ちの魔術師が詰める病院で、きちんと検査を受けたほうがいいに決まっているのだ。
「それを直接、あの場で言わなかった理由は?」
「あれだけ思い込んで思い詰めている人相手に、初対面で『いい病院紹介しようか?』とは言いづらいものでしょう。人魚姫……エウラリア嬢もうるさいし」
とりあえず一通り好きにしてもらって、こういう方法もありますよ、と提示するほうが、たぶんヤスヤには受け入れてもらいやすい。……その『一通り』にどれだけかかるかが、目下の問題となるだろうけど。
そう説明を続けたわたしに、なにかを考えていたヴァルくんは、一言「なるほど」と呟いた。
「では、これもしばらくは伏せておきますか」
「んっ? なんですか、これって? どれのことですか?」
「ミジンコの貴女には関係のないことですよ」
「突然の微生物扱いとか」
これでもちゃんとした人類なんですがと文句を連ねようとしたけれど、ちょうど北館のホールに入って人が増え、口をつぐむより他なくなってしまう。くそう。
結局、彼が言った『これ』がなんなのか、教えてもらうことはできなかった。店に戻ってからは仕事の挽回に忙しく、それどころではなくなってしまったのだ。聞いたところではぐらかされるなら、という諦め半分な気持ちでもあった。
……ここで諦めず、聞き出しておけば。
そう後悔することがあろうなど、この時のわたしは、それこそミジンコほども考えていなかったのだ。
蔵書の閲覧を副店長は許可してくれたものの、それには但し書きがついた。それすなわち、「必ず従業員の監視のもとで行動・閲覧すること」だ。
そしてもちろん、この状況で白羽の矢が立つのは、わたしの上に決まっている。
「……というわけなので、わたしもしばらく、朝から勤務することになります。夕方はちゃんと、わたしの退勤時間までに帰るようにしてくださいね」
「はい! よろしくお願いします!」
開店直後の店内に、ヤスヤの元気な声が響く。うるさい。
ケイちゃんに袖を引っ張られ、すぐに「おっと、静かにしなきゃだな」と口を閉じたけれど、果たしてそれもいつまでもつか。
慣れない朝の空気も相まって、今日のわたしは気分が悪かった。接客用の笑顔は崩さないままで、それでも言葉には棘が交ざる。
「学院図書館でも言われたことがあるでしょうが、基本的には私語厳禁です。話す際には小声でお願いします。あまりに耳障りだと判断した場合、その日の閲覧はそこで打ち切りにします」
これには当然、わかっていたけれど、人魚姫が噛みついてきた。
「まあ! 耳障りだとか打ち切りだとか、ずいぶんな言い方じゃありませんの! あなたにそんなことを言う権利ありませんわよ!」
「あります。わたしはここの従業員なので」
「まああ! ヤスヤさま、やっぱりこんなところ来るべきじゃございませんでしたわ! こんな態度の悪い店員がいるなんて――」
「――それがご不満なら、結構でしてよ」
すっと挟み込まれた冷ややかな声音に、思うより先に背筋が伸びた。
見るのが怖い。けれど見てしまったそこには、世にも美しく恐ろしい、氷の笑みを浮かべた
「他のお客さま、利用者さまのご迷惑になる方のご慈悲は、当店には必要ございませんの。わたくしの大切な叡智の泉を荒らすおつもりでしたら、どうぞ、この牙の届かぬうちにお帰りくださいませ」
「な、な、な……あた、あたくしを、いったい誰だと……!」
「やめろ、エウラリア」
慌てたヤスヤが、「すみません、副店長さん、ユッテさん」とようやく止めに入ってくる。
「でも、ヤスヤさま……!」
「エウラリア、俺たちは、ユッテさんたちに無理を言って協力してもらってる立場なんだ。お客さんじゃない。これ以上の迷惑をかけないように努力する、かけてしまったなら素直に謝って、ユッテさんたちの指示に従う。……それができないなら、ここでの調べものが終わるまで、どこか他の場所で待っていてくれ」
ヤスヤの顔は真剣だ。この上なく本気で言われた言葉に、エウラリアが息を呑んで、信じられないように目を見開く。大変ショックだったらしい。
そんな彼女に、それまで空気だった
「おれも……つ、付き合って、やるから」
「……わかりましたわ、ヤスヤさま。みなさま、取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」
緑の頬を赤く染めてなんだかもうわからない色味になっている小鬼を無視して、こちらに頭を下げるエウラリア。しおらしくなったようだけど、上げられた目に宿る光が、若干剣呑な色のままなのが気にかかる。
……わたしはいいけど、これ以上、副店長を刺激しないでほしい。そしてできれば、フベルトを一瞥くらいしてやってくれ。
いっそ不憫な小鬼のフォローは、ケイちゃんが請け負っているらしい。慰めるように片腕を叩かれて、うなだれフベルトは力ない笑みを返していた。
「みなさんの気持ちの準備ができたなら、上の階へとご案内します」
よろしいですか? と尋ねると、それぞれ頷きが返ってくる。ヤスヤは力強く、ケイちゃんは控えめに、エウラリア嬢はつんとしたまま、フベルトは肩を竦めるようにして。
そんな彼らに副店長が頷き返したのを確認して、わたしは先へと足を向けた。
「では、こちらへどうぞ」
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