第52話 百花屋敷たる邸宅

「親分の彼女さん、百花屋敷ってのは、親分の本宅の事ですよ」


「いつでも、どんな花も綺麗に咲く、別世界みたいな邸宅っす」


「桜も藤も朝顔も! この世のありとあらゆる花が、一堂に会したお屋敷なんです」


「……なんでそんなしゃれた屋敷を、ブンブクが持っているの?」


しゃれっ気は、ブンブクからはあまり感じられない系統のものだ。

何故、百花繚乱と言いたくなりそうな、屋敷を、ブンブクが持っているのだろう。


「もともとは、ただの大きな邸宅だったわけですが」


「ある時子狸たちが、花の種を植えてみたのが始まりで」


「それから野菜の苗を植えて、花を咲かせて、だんだん楽しくなってきた狸たちは、あらゆる花を邸宅に植えるようになったわけであります」


「いつしか屋敷は季節を無視したあらゆる花に囲まれた、それは華やかな屋敷になり」


「当然の結果として、百花屋敷という、しゃれた通り名が、お屋敷にできるようになったんです」


鶴は一瞬ついていけなくなった。なんだそれは。ありとあらゆる花がそろった華やかな屋敷?

 季節を無視してって……それ大丈夫なのか?

彼女の胸の中に、色々な事が芽生えたわけだが、狸たちはそれに対して、全くの疑問を覚えていない様子である。


「年々花は増えて行くばかり」


「牡丹にはまった奴が、あらゆる牡丹を植えてみたり」


「桜が一番、って主張するやつが、桜吹雪を再現するために、種から育ててみたり」


「やっぱりいちばんは実の成る植物って豪語するやつが、年々畑を拡大していったり」


狸たちは、楽しそうに話している。

だが、言っている事はかなりとんでもないはずだ。


「それでいいの、ブンブクのお屋敷……」


「おいらが留守にしている間、世話してくれてるやつらの娯楽だ、そんなのにいちいち目くじら立ててどうするよ」


「さすが親分、太っ腹!」


「惚れなおします!」


「うちの子狸が、朝顔たくさん植えたいって言ってました!」


狸たちから、ブンブクへ喝采が上がる。ブンブクはそれがどうした、と言わんばかりに受け止めている。

だが鶴は、もう一つ聞かなくては、と問いかけた。


「で、満月の宴って何……?」


「分福茶釜の一派の狸たちが、一斉に、お屋敷に集まって大騒ぎする宴だ」


「ちょっと待って、それって南のあらゆる狸たちって事?」


「そうだぞ、おいらの子分たちと、笑いあり涙ありの感動の化け比べが行われたり、豪華な宴用の食事が出てきたり、可愛い子狸たちのお遊戯があったり、色々だ」


「い、色々すぎる……」


もはや突っ込みどころが分からない。鶴が心底そう思っていると、ブンブクは更に言う。


「南の全狸が集合するわけだからな、事前に通達を回さにゃならない。だから鶴の予定が知りたいんだよ。鶴が暇なら宴に招待するわけだしな、仕事だったら邪魔をしないように、招待はしないしな」


「へ、へえ……」


なんかすごい大規模な宴なんだな、と鶴は少し現実逃避をしたくなった。全狸大集合大会なんて、圧巻すぎやしないだろうか?

南の狸は一大勢力、狸ほどの実力の悪獣は、南にはいないのだ……


「まあ、時々、宴に迷い込む人間も、いたりするけどな」


「あれって、扉を閉め忘れた奴の扉から、迷い込んじゃうんすよね」


「俺聞いた事がある、どっかのぼんぼんが迷い込んだ事があったって。で、場所を特定して別荘にしたかったけど、出来なかったって」


「当たり前だろ、親分の本宅が、人間の別荘になってどうするよ」


子分狸たちが、食事片手に話し出す。そう一斉に話し出されては、会話が聞き取れないのだが。

鶴はなんだか、仕事の疲れが割増しになったような気がして、口を閉ざして茶碗を手に取った。

まずは腹ごしらえである。


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