第51話 親分の計画
「おう、つるや、お帰り」
「あ、親分の彼女さんお帰りなさい、お先にいただいてました!」
ブンブクのお出迎えの声とともに、一斉に無数の顔が皿から鶴へ向けられて、頭が下がる。
「今日は閉まる前よりも早く、銭湯に来たんだ……」
珍しい事もあるものだ、と鶴が口に出すと、ブンブクの子分たちはえへへ、と顔を見合せて笑った。
「今年は親分の百花屋敷で満月の大宴会をするって、親分が考えているんで、その準備のために早く来てたんだ!」
「おうお前ら、飯は足りてるか?」
「ご飯がもっと欲しいです!」
「それ見た事か、絶対に米がもっと欲しくなるって言っただろうが」
「親分のから揚げの餡かけおいしいです!」
「そうかいそうかい、たんと食え」
彼女が帰宅してまず見たのは、庭に、大きな座卓が広げられて、そこをブンブクの子分たちが囲い、食事する風景だった。
そして親分のブンブクは、鍋狸の見た目のまま、ひょいと妖術で炊飯鍋を座卓に乗せる。
そこからどんどん、ごはんがよそわれて子分たちのお茶碗に消えていく。
いつ見てもすごい食事風景だ。
「この鳥は……何?」
どっかで猟銃の資格がある子分がとってきたんだろうか、と鶴が考えると、ブンブクがさらりと答える。
「それは子分たちが、鶏のから揚げが食いたいって言って、養鶏場で手伝いしてるやつが格安で買って来た鶏だな」
「へえ……」
「家主ちゃんは知らないかもしれないけれど、ジビエはから揚げとかがあまり合わないの。油がこってりしすぎていて、狸たちの口に合わないから」
「お玉さんは今日も分厚い猪のステーキなんですね……」
「あら、これはこれで美味しいわよ、分の字が焼き加減にこだわってるし、飽きないようにソースを変えてくれるし、副菜もおいしいわ」
「おれの飯がまずいなんて言わせねえからな」
「分の字は親分としてどっしり構えているのに、料理はそこそこよねえ」
「修二郎にうまいもの食わせたくて、努力したんだよおいらも」
玉藻がそれを聞いて少し笑う。
「あんたのその、どうしても切っても切れない縁は、修二郎よね。いつ聞いても不思議な縁」
「修二郎に知恵比べで負けたからな」
「あんたそれを隠さないってのも不思議だわ、悔しくないの」
「それから一緒に過ごした六十年以上は、おいらにとって忘れがたい歳月でな。幸せな月日だったぜ」
ブンブクが玉藻の言葉に笑ったので、玉藻はそれ以上言わない事にしたらしい。
綺麗に整った仕草で肉を切り分けて、ソースにつけて食べ始める。
鶴はそこで、手を洗ってうがいをし、食卓に着く。
そうすると、さっとご飯と味噌汁が用意され、取り皿も出される。
よく見ると、子分全員の取り皿は統一感のないもので、各々が適当に持ってきた感が満載だった。
「……うわあ、この唐揚げ、肉がふわふわ」
一口かじった鶴が驚くと、ブンブクは胸を張った。
「つけダレにつけすぎないのがみそだ。しょっぱいタレにつけすぎると、水気が抜けすぎて柔らかく仕上がらねえ」
「揚げ物しないんじゃなかったっけ」
「それをおれたちが頼み込んだんですよ! 親分のから揚げ食べたくって」
なるほど、子分のお願いにより、ブンブクは揚げ物を解禁したらしい。
それが悪いとは思わないけれど、ふわふわの鶏肉は噛むとじゅっと肉汁があふれ出し、どことなく存在を感じさせるケチャップを煮詰めた甘さと、醤油のコクと塩気がたまらない味だ。
これが単純な具材である、豆腐と葱の味噌汁に程よく相性がいい。
そして白いご飯との愛称は推して知るべし、最高である。このちょっと味が濃い感じが、ごはんを進ませる。
「この味付けは、ずいぶん前に修二郎が、どうして外でしか食べられないって言って、おいらを誘った店の味だ」
「爺様がそんな事言ったんだ」
「そうだな、あんまりにもうまいもんだから、感心して、味付け聞いたんだ。そこの老店主が気前のいい人でなあ、自分たちが死んだ後もこの味を食べたい人のためにって、教えてくれたんだ」
「ブンブクが老店主っていうと違和感が」
「あんたの方が確実に年上よね」
「言うな、それ」
けらけら笑い、どこからか徳利を持ち出して酒を飲んでいるブンブクが、子分たちを見回す。
「さて、宴会の日取りだが、どこならみんな集まれる」
「満月の大宴会って聞いたら、皆仕事終わらせて来るに決まってるじゃありませんか」
「じゃあやっぱり満月だな、このためにお前ら修行してきたんだろ」
「はい!」
「口元のべたべたぬぐってから会話した方がいいよ」
鶴がその辺に置かれていたタオルを差し出すと、子分の一人は慌てて口元をぬぐった。
「じゃあやっぱり満月がいいよなあ、満月にやる宴は一番気分がいい」
そこまで言ってから、ブンブクは鶴を見た。
「つるや、王子様はいつ来日するんだ、それを教えてもらえるとありがてえな」
「……その前に、誰か、満月の大宴会とか、百花屋敷とか、意味を教えて……」
なんかブンブクが大掛かりな事を計画しているぞ、と思った彼女の言葉に、ブンブクがああ、と頷いた。
「百花屋敷の事も、言うの忘れてたっけな」
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