第50話 イケメンと知り合いだと色々面倒だ

お弁当を食べ終わった鶴は、そのまま立ち上がり、時間もあるしゆっくりと、城に戻ろうとした。

だがブンブクが、一人で彼女を戻らせるわけもなかったのだ。


「どうしてついてくるの?」


「だめかい? 弁当食った後、もしもって事がないわけじゃねえだろ、せめて城まで無事に送らせてくれよ」


「なんか身に覚えがありそうなセリフ……」


誰かを一人で帰して、何か不測の事態でも起きた事があるような、台詞だ。


「子分が飯食い終わって……そのまま仕事に戻ろうとして、騎獣にひかれた事があるんだよ」


ブンブクは何を思い出したのだろう、痛そうな顔をした。

きっとその狸はただでは済まなかったのだろう、と鶴が思った矢先、その痛そうな顔のあとに、ブンブクが笑った。


「まあ、ちょっと縫ってしばらくそこが禿げになったくらいですんだけどな、人生何が起きるかわからねえってのが、修二郎の格言だったもんだからよ。ついついこうして、見送りとか送り届けとか、したくなっちまうのさ」


人生何が起きるかわからない、それは今の鶴にも言える事だった。

いったい誰が想像しただろう、ブンブクという、とんでもない狸との出会いを。

オンボロに見えていたが実はオンボロじゃなかった、爺様の厨を引き継ぎ、恐れおののくような食器類を目の当たりにし、教科書で習うような四大悪獣の中でも二匹の悪獣と交流を持つ。

そんなの波乱万丈に決まっているではないか。

鶴はブンブクが大真面目であるがゆえに、その言葉を笑って否定できず、そのまま大人しく、ブンブクの横を歩く事になった。

それでもやはり、人目が気になる。

とてつもなく、人目を集めているのだ。

ひそひそとした声が、あちこちから聞こえてきそうでもある。


「つるや、つる」


ブンブクはそれらが聞こえているはずなのに……だって獣の耳が人間より性能が悪いわけがない……それらを全く気にしない。

そして笑顔で……その笑顔を見た誰かが黄色い声をあげた……こう問いかけた。


「地図は役に立ったかい」


「もうあの地図採用になっちゃった」


「なんでぇ、鶴の仕事とっちまったか、おいら」


「どういう方向性で観光案内の地図を作ればいいかわからなかったから……助かったけど、皆感心してたよ、こんなに細かいなんてって」


「そいつぁ、うれしいや。なにせ修二郎と一緒に食べに行った店も多い。それから城島のあたりで働く子分たちが、おすすめだのここは外せないだのって主張して、めいっぱい書いたからなあ」


なるほど、食いしん坊が揃いも揃ってあの地図になったわけか。

納得している間に、もう城島の城門前だ。


「もうここでいいから」


「おうよ、さておいらはちょっくら買い物して帰ろうか」


「ブンブク、城島の市場と周囲の市場とどっちが好みなの?」


「しゃれたもんは城島、そうじゃない日常的なものは周辺だな、なにせ値段が随分違う」


けっけっけ、と笑ったブンブクが、ひらりと手を振って身をひるがえす。

その仕草のすべてが決まり切っていて、それを見て固まる人が何人もいた。


「見た目が百年に一度の色男なんだけどな……」


中身はブンブク、鍋狸。なかなか親分気質で、面倒見がよくて、美味しいもの大好き。

ギャップもギャップだよなあ、と思いつつ彼女は自分の部署に戻ろうとして、腕を掴まれた。

なんだなんだ、と腕をつかむ相手を見ると、それは受付嬢だ。


「加藤さん……」


「なんですか?」


あ、嫌な予感がする。鶴の直感がそう告げた時、受付嬢は意を決した顔でこう言ったのだ。


「彼はどこの誰!? あんな格好いい彼氏さんを、加藤さんいつ捕まえたの!」


「彼氏じゃない」


鶴はそう言い切ったはずなのだが、人の話を聞いているんだかいないのか、受付嬢の岡村がまくしたてる。


「あんなモデルや舞台俳優にもいない色男なんて、どこで加藤さんが見つけてきたのよ! ねえ紹介して!」


「え……」


「彼氏じゃないなら、チャンスがあるでしょ!」


岡村はそのままいい、いつの間にか鶴は他の女性たちからも囲まれていた。

これは面倒だ、仕事の時間に間に合わない。

鶴は息を吐きだしてこう言った。


「死んだ爺様の古い友人。爺様の所有してた物置きを管理していた人、それだけ! 仕事遅らせるわけにはいかないのでこれで失礼します!」


たしかに総務課は受付からかなり遠い位置に構えている。

常識的に、鶴を困らせたら問題だ、と彼女たちの理性は働いたらしい。

そしてそのまま、鶴は時計を見て、間に合わないかも、と慌てふためきながら、大急ぎで総務課まで速足で、歩いて行った。

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