第49話 華やかなお弁当は入れ知恵らしい

「よく平気だね」


「おおっと、何に対してだ?」


「わかってるくせに」


鶴が唇を尖らせた、甘ったれの表情をとった時、ブンブクはけらけらと笑った。

その笑顔がもう、飛び切りのいい男の笑顔なのだ。

それを予期せぬ形で見る事になった、城の近くの公園にいた人々は、ざわざわとざわめている。

ここに来るのも失敗したな、何しろ見知った顔がいくつもある、と鶴が内心で後悔していると、ブンブクは何のその、という声で言う。


「そりゃあ、おいらは天地がひっくり返っても間違いようのない、いい男の顔だろう?」


「確かにそれは事実だけど、それを皆が見ているっての、気にならないの?」


「気になってたらおまけしてもらえねえだろ。それにこの顔は、おまけしてもらうために作った、飛び切りのいい男だからな」


「おまけが基準なんだ」


「おまけは大事だぞ、つる。おまけでもらえるものってのは限りなく色々あってだな、菜っ葉一束とかでも、晩飯に加わると華やかだろう、だから大事だ」


「真面目な顔しているのに、言っている事が全く真面目じゃない気がする」


「そんなの当たり前だろ、腐ってもおいらはおいらだ」


確かに、鍋狸であり、古だぬきであり、このあたりの狸を統べる大狸、鍛冶鉄鎚の大狸ともいわれるブンブクが、大真面目に人間らしい事を言うかと思うと、それはなんだか違う気がした。


「それにそろそろ食い始めないと、くいっぱぐれるだろ、弁当食べろよ」


言いながらも、ブンブクは鶴の隣のベンチに座り、膝に頬杖をついて、穏やかな顔をしている。

それは間違いなく、かなり年上の男の人が、可愛い姪っ子や甥っ子、はたまた孫を見ている顔に近かった。

しかしその顔を見るだけで、頬を染めてくらりと倒れる女性たちが要るものだから、鶴ははらはらするしかない。

彼女たちが声をかけてきたらどうしよう、と思いつつも、鶴は弁当箱の蓋を開いた。


「どうだ?」


「は、華やかなお弁当なんて初めてじゃないの?」


「お玉がな」


「お玉さんが……?」


傾城天女の化け狐さんが、一体何を言ったのだろう。


「弁当が地味で、つるが可哀想だ、もっと華やかな物を作れ、色味を気にしろ、もっときれいに作れとか、うるせえのなんの。あいつ肉をくってりゃどんどん美人になるくせに、一体どうして華やかな弁当にこだわるんだ?」


「そ、そんな事情で……」


そんな事情で、鶴の弁当箱の中身が華やかなのか。おにぎりの海苔にもお花の形の海苔がついていたり、甘い卵焼きの色がとてもきれいな黄色だったり、甘酢漬けが柔らかい桃色だったり。菜っ葉を鰹節と会わせたものが、目も覚めるような緑色だったり。

それらは、ブンブクの作り慣れたお弁当とは大違いの、見た目がきれいなお弁当に間違いなかった。


「弁当ってのは安心できる味で、肩の力が抜ける味が一番って、修二郎言ってたんだけどなあ」


「爺様は、爺様のお気に入りがあったでしょう、それとお玉さんが考えるお弁当が、ちょっと違うだけだと思う」


「でもつるや、つる、お前弁当見てうれしいか?」


「たまにはいいと思うけど、ブンブクが作りやすいお弁当が、一番だと思う」


鶴がそう言いながらご飯を食べて、魚の照り焼きを口に運ぶのを、ブンブクは幸せそうに眺めていた。


「いい顔してるけど、食べるの見るの楽しいの?」


「修二郎が弁当食べる顔は、見た事がねえんだ、仕事先についていくわけにはいかねえし。だから誰かがおいらの弁当を食うのを見るのは、今日が初めてだな」


「へえ……あ、この甘酢漬け美味しい」


「知り合いに教わったんだぜ、ここの甘酢漬けが修二郎のお気に入りだったからな、味付け教えてもらったんだ。でもまだ勝てねえな、あの味には」


甘酢漬けの味はちょうどいい酸味と甘みで、こってりとした照り焼きの味をさっぱりとさせてくれる。

それにご飯が今日は真っ白なので、照り焼きの味とも甘酢漬けの味とも喧嘩しない。

そう言った少し甘めの物たちを、菜っ葉の和え物の塩気が程よくまとめ、こっくりとした卵焼きの甘さが、なんだか箸休めのおかしみたいで、これもおいしい。


「どうだ?」


「いつでもブンブクのご飯はおいしいよ」


「そいつはうれしい事を言う。さて、つる、後で王子様の旅行の日程を教えてくれねえか」


「どうして?」


「それがいつになるかで、おいらも出かける日程が変わるからさ」


ブンブクもどこかに出かけるのか、もしかしたら子分たちの顔を見に行くのかもしれない。

七十年近く、顔を見ていない子分たちもいるだろう。

それにブンブクは、客間の在るお屋敷を持っている、みたいな事を子分狸たちが言っていたから、もしかしたらそう言った屋敷の管理のために、一度は行かなくちゃいけないのかもしれない。

だから鶴は何にも疑問を持たず、うん、と素直に頷いた。


「満月にぶつかったら、どうしたって皆そわそわしちまうからなあ」


けっけっけ、と楽しそうに笑ったブンブクを見て、また誰かがへなへなとしゃがみ込んだ。


「その効果てきめんな笑顔、どうにかできないの?」


「無理だな、無理」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る