第25話 まるで幸せな夢から覚めたように
「お願いがあるんだ、君のおじいさんの物置を見させてほしいんだ」
鑑定大会の終了後、鼻息荒く言い出したのは、鑑定集団の中でも、年上の男だった。
彼等はこれから自由時間で、自由時間の間に、蚤の市を時間が許す限り巡るのだ、と息巻いてはいなかったか。
何故自分の家に? 鶴は見当がつかなかった。
ちなみに、年上の男性と言っても、三十そこらである。
この鑑定集団は割と年齢層が低く、見目がいい事からも人気があるのだ。
その中で、年長の男性が、拝み倒す勢いで言ってくる。
「戦前の物があんなにも綺麗な状態で残っているなんて、とても信じられない、きっとほかにもあるに違いなんだ!」
「私には戦前かどうかもわからないんですけど……」
断れないかな、と鶴は思った。
それののちに、もしかしたらこの人達だったら、狸鍋の素性を明らかにできるのではないか、という考えに至った。
鶴は興味がないふりをしているけれども、やっぱり鍋狸の正体が気になるのだ。
上官は給仕機巧といった。それなのではないか、と思う言動を鍋狸もちらちらしている。
だが、はたしてただの劣化品が、物を浮遊させ泥棒を撃退するだろうか。
きっと教えてもらっていない物が、たくさんあるはずなのだ。
「お願いだ! この通り!」
「私たちにも見せてください!!」
鑑定士たちが、鶴に頭を下げ始める。拝み倒すような勢いだ。
鶴はよくよく考えてから、電話をかける事にした。
鍋狸が、いざというとき雷話しろ、といったあの番号にかけるのだ。
「どこかに雷話をかけるのかい」
「ええちょっと」
鶴は果たして本当に、鍋狸の雷話番号が、いう事を聞くのか気になりながら、ダイヤルを回した。
数回の呼び出し音ののちに、誰かが電話に出る声がする。
「おう、どうしたつる」
「鑑定集団を家に上げてもいいかどうか」
「ははっ」
鍋狸が軽快に笑う。そして笑い声で告げたのだ。
「いいけど、つるが腰抜かしちまうぜ」
「いまさら腰は抜かさないと思うけど……」
「くりゃあわかる」
取りあえず、連れていくのはいいらしい。
鶴は鍋狸の了解はとれたため、彼等に頷いた。
「家の掃除を手伝ってくれた近隣の人たちも、来ていいって言いました」
「ああ、私たちが行くと大騒ぎになるから、事前に連絡したのね」
綺麗に巻いた髪の毛の鑑定士が言う。
鶴はその後、新たな骨董品を見るために、浮かれた彼等を先導し、定期船に乗り、いつも通りの足取りで、同じ道で、自宅に向かったのだ。
向ったはずなのだが……
「すごいおんぼろな物置ね……ここに寝泊りしているの」
「こ、これはかろうじて、居住空間を確保しているだけだね……」
鑑定集団たちが、戦いた声で言うのも当たり前だ。
何と、鶴の家、修二郎の秘密の厨は、以前見た時をはるかにしのぐ廃屋に変貌していたのだ。
鶴はぎいぎいと軋み、全力をかけて入口の扉をこじ開け、中に進んだ。
「君こんな家に暮らしているの!? あ、洗濯機とかは何とかまともなんだ……」
家の中はガラスもひび割れ、かろうじてテープで止められている。
いつものダイニングテーブルもぼろぼろに朽ち果て、椅子なども座ったら穴が開きそうだ。
食器のつまった棚も、煤と埃にまみれながら、かろうじて使用した痕跡として、埃が筋になっている。
「信じられないぼろい家……」
一人が、信じられないと言いたげに言う。
「ロフトは掃除されているけれど、他は……もう土を被っていて目も当てられないわ。こんな状態じゃ骨董品もまともな状態ではいられない……」
階段の上のロフトはぎりぎり人がすめるくらいに整えられており、鶴がそこで暮らしているのだろう、と彼等は思った様子だ。
「あ、地下収納の扉!」
「あ、勝手に開けないで……!!」
鶴が止める間もなく、地下収納の扉を開けようと手を伸ばした青年の腕に、ぞろりと手のひら以上の大きさの百足が這い上る。
ばさばさっと飛び回ったのは何かの羽虫で、足もとを見るとダンゴムシなどがごそごとと動いている。
見たくない黒いてかてかした虫もいる気がする。
窓を開けようとすると蜘蛛の巣と大きな足の長い蜘蛛と目が合い、鶴は顔をひきつらせた。
いきなりの遭遇は心臓に悪い。
「ぎゃあああああ!!」
百足が腕を登ってきている彼が、手を振りまわす。鶴は近くにあった新聞紙を丸め、その百足を叩き落した。
百足は素早い動きで、物の陰に入ってしまった。
掴んだ新聞紙も、劣化し朽ちて行きそうな手触りと、音だった。
「……こんな所によく住めるね、君図太い……」
「はあ……」
なんでうちが今朝を超える勢いで廃屋になっているのか、と考えつつ、鶴は鍋狸を探したものの、鍋狸は現れないし、それらしき鍋はない。
「ブンブク……?」
鶴はとても小さな声で呼んだのだが、返事はない。
今までの幸せで美味しい記憶は、何かの夢だったのだろうか。
鶴は数週間の間の事を、疑いたくなった。
それ位、この廃墟は堂々とした廃屋だったのだ。
普通の人間の神経では、ここに早々住まないと言いたくなるほど。
鶴は確かに、ぼろい家にも慣れているし、野宿も仕事上慣れているわけだが。
家がこれは認めたくない。
だが家はどんなに頬をつねっても、ぼろいままだ。
これは現実なのだ。
親戚で一番嫌われた娘に、引き継がれた財産。
「……来てしまって申し訳ないんだが、宿泊所に戻ってもいいだろうか……」
ここにお宝は眠っていなさそうだ、と思ったらしい鑑定士が、がっくりとうなだれて言う。
鶴はそれに頷いた。
彼女もかなり衝撃を受けていたのだ。今までご飯を食べていた家が、いきなり朽ち果てたら誰だって、悪い夢だと思うだろう。
夢ならさめてくれと心から思いつつ、鶴は彼等が宿泊施設に入る所まで見送り、重い足取りでもう一度、帰路についた。
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