第24話 お値段は付きません!

大講堂は周辺すら大賑わいの一大蚤の市に変貌し、数多の露店が出店し、警備があちこちを行き交い、とにかく、にぎわっていた。

ここの空気の影響を受けて、普段は買わない骨董品を買う人間もちらほらいるほどだ。

まるで祭りか何かの様だが、実際にこんな、祭りのような騒ぎにしていいお題目があれば、人間騒ぐものである。

そして今日の観客として見事当選した人間たちは、絶対に事の顛末を友人たちに話すだろう。

鶴は自分の出番が来るまで、舞とともに、鑑定集団のための雑務を行っていた。食事の手配からお茶の用意から、とにかく何でも、総務課に回されたわけだ。

彼女たちのほかにも、数名の仲間が、鑑定集団のための雑務を行っている。


「君、美味しいお茶を入れるねえ」


褒められているのは舞である。彼女はにこりと笑って頭を軽く下げる。慣れた動きだ。どこにも不具合がない。

鶴はお茶を入れる手前までの用意を進めたり、お弁当の数があっているのか確認したりと忙しい。

他にも、外の蚤の市での、迷子のお知らせ放送が鳴っている事もあってなかなかにぎやかだ。

スリや置き引きにご注意ください、持ち物はきちんと持って移動してください、持って歩けないものを買う場合は注意してください、といった放送が、先ほどから延々と聞こえてきている。


「外の蚤の市にも、もしかしたらすごい掘り出し物があるかもしれないね」


そう言って声をかけてきたのは、鑑定集団の一人、田村という男性である。彼の首から下げられた許可証に、そう名字が書かれているので、間違いはなさそうだ。


「そうかもしれませんね」


鶴は当たり障りなく答えた。確かに、外の蚤の市にも、もしかしたらとんでもないお宝が眠っているかもしれない。


「この仕事じゃなかったら、自分が蚤の市に繰り出してしまいそうよ」


会話に参加してきたのは阿川という女性だ。彼女も笑顔で話しかけて来る。


「それにしても、南って本当に、どこもかしこも、安全ね!」


「それはほかの地方から来た人たちが、皆言うんですよね」


「不思議よね、他の地方で、同じ結界装置を使っていても、悪獣は他人を咬み殺したり食い殺したりするのに、南の地域だけは、酷くて鞄の中の食べ物が抜き取られているだけなんだから」


「南は鍛冶鉄鎚の大狸が支配している地域だという通り、確かに、町の外の道路では、獣気もそこそこだけれども、他の地域と比べると、ずっと呼吸がしやすくて、びっくりしたよ」


「南の大狸が、死んだって話が聞こえてきたら、他の地域の悪獣が、乗っ取りをたくらみそうなんだけれども、それもないし」


鑑定集団は、やはり他の地域でも活動しているから、この地域が他と比べてあからさまなくらいに、安全だと思う様子だ。

鶴は彼等が、自分を忘れて話し始めてしまったので、そっと下がった。

彼女には仕事もあるし、この後の鑑定に参加するための準備がある。


「あら、加藤さん、そろそろ時間じゃありませんか。皆さんもそろそろお時間ですよ」


田村が声をかけ、鑑定集団がお茶を飲み終えて立ち上がる。

まだまだ話足りない様子だったが、後にしてもらわなければならない。お客さんは待ってくれないのだ。

彼等が壇上に上がり、観客たちが大きく騒ぐ。そんな中鶴は、深く深く呼吸をし、舞台袖で順番を待つ事にした。




悲嬉こもごも、色々な事情からお宝を持ってきた人たちが、次々と壇上に上がり、ばっさりと値段を告げられたり、思ってもみなかった高額な金額に驚いたりと、している。

観客たちは大盛り上がりで、鶴は順番が中ほどである。

彼女は名前を呼ばれて、ゆっくりと壇上に上がる。


「五番目の依頼主、加藤鶴さんです。加藤さんのお宝はどんなものですか?」


「祖父が死んで、物置を受け継いだんですけれど、これががらくた玉石混合といったような物置で。その中でも、綺麗な物を持ってきたんです。これ位は価値があってもいいかなと」


「なるほど……」


視界の人間が納得したように頷く。鶴はそこで、貴賓席に腰かけている、親戚の中でも出世した叔父を発見した。

もしもここで、価値のある物を鶴が持ってきてしまっていたら、それこそ、厨ごとよこせと言われないだろうか。

鶴はそんな事をちらっと考えたのだが、公的文書で、あの厨は彼女の物になったのだ。

親戚が手出しできるわけもない、と考え直し、笑う。

鶴の持ってきた四点のガラス瓶が、衆目の眼に晒される。

おお、とかすごいといったどよめきが響く中、鑑定士たちはその瓶をとくとく眺めて、底を見たりと調べている。

事前に一度鑑定してあるため、そこまで時間がかからないで、観客の人たちは値段を知るのだが……この時に持ち主も値段を知るため、リアクションはよくとれるのだ。


「さあて、鑑定は終わった様子です、さあ、いくらになったでしょう! ご希望の金額は?」


鶴は金額を書いた板を掲げる。数人がくすくすと笑ったが、気にしない。


「五万五千円! ちょっと低くないですか?」


「ものすごいぼろい所から発見したんで、多くても五万ちょっとくらいじゃないかと……」


「欲がないですねえ、じゃあ、お願いします!」


鑑定士たちが、彼女の希望金額の板に何か書く。鶴はせーの、でそれを掲げ直した。


「な、なんと! 金額が付けられない! これは一体どういうことですか!?」


鶴は自分の希望金額の上に書かれた文字に目を丸くする。

確かに、金額が付けられないってどういうことだろうか。


「これは戦前に流行った、台所にも美を、という流行で作られた限定品でしてね、戦後は皆再生ガラスになってしまって、金額のつけようがないんですよ。欲しいという人もいないものなんです。流行の歴史として、とても貴重な物ですが、値段は欲しい人がいないとつかないものですからねえ。よくまあ、がらくたの物置に入っていた物です、大事にしてくださいね」


「はい」


まさか金額が付けられない、という事になるとは思わなかったが、確かに収集家などがいなければ、物の価値は付けられない。

博物館の品物に値段が付けられないのと、似たような物だろう、と鶴は認識した。

親戚の反応をうかがうと、意地わるい事に馬鹿にしたように笑っている。

これはいい事かもしれない。鶴の厨に興味を完全になくしただろうから……

その後も、にぎやかになったり、わあっと悲鳴が上がったりと、大好評のまま、鑑定大会は終了した。

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