第12話 資産価値が絶対におかしいおんぼろ家

鍋狸の食欲は大変に旺盛である。こんな鍋の体のどこに入っていくんだろ言う。

そんな事を数回考えた鶴であるが、深く考えたらいっそうこの謎の物体なのか生命体なのかわからない物の正体を気にしなければならない気がして、それはなんだか不毛な気がした。

とにかくこの生きた鍋であり爺様の親友であり狸という生き物であるらしいものは、鶴のためにご飯を作って、鶴のために色々な事をしてくれて、それがいいのだといわんばかりの世話焼きなのだ。

夕飯がそんな流れで終わった後、鍋狸はひょいとシンクの下の引き出し式のものを開けた。

もう突っ込まないぞ、と何度か思いながらも、やはり突っ込みたくなる鶴は、また声をあげてしまった。


「ここ、こんな小さな建物のくせして、食洗器まで完備してたりするの」


「修二郎が本家に来た外商のなんとかさんに、食洗器をすすめられて、これぞ文明の利器だ、と勢いで買っちまったはいいものの、本家に置くところがなかったっておちだ」


「本家にはなかったの? 本家だって使いそうなのに」


「本家にはお手伝いさんがいっぱいいるだろ、あいつ苦労している奴を見ると雇っちまう気質だったから」


鶴はよくわからないが、そうなのだろう、と思う事にした。実際に本家に足を踏み入れた事は遺産相続の際に一回だけだったが、確かにお茶を交換しに来る人とか、あちこちを磨く人とか、なんだかわからない位に親戚じゃない人多かったな、と思ったのだ。


「よくまあ給料出せたね爺様」


「あいつお手伝いさんのための寮とかも勢いで作っちまったからなあ」


変人に過ぎる、というかお人よしというべきなのか?

親戚の数より多いお手伝いさんってどういうことだろう。


「勢いで寮までつくるの」


「評判良すぎて応募者殺到したから、一部賃貸に回してたな。大家が親身になって相談に乗ってくれるってのがめちゃくちゃよかったらしくってな。あの寮一般的な安い賃貸よりもはるかに設備は整っているし、各部屋にシャワーついてるけど大浴場あったし、小さな台所あっても共有部分にでかい台所装備だったしな」


それってシェアハウスと近年呼ばれているものとどう違うのだろう。鶴には違いが分からなかった。


「修二郎はどこまで行っても底抜けのお人よしが消えない奴だったからな、そんな物作っちまって金大丈夫かって知り合いたちが気にしてたけどよ、あいつがこけるわけがなかったんだ。あいつは人徳だけでなんでもやっちまえるくらいには、人徳あったしよ」


知り合いたちの多くも、一度や二度は修二郎に助けてもらったってやつだらけだったしな、と思い出したように言うブンブクだ。


「それに……あいつは投資の天才だったからな」


「投資の天才?」


「あいつ南の経済手のひらで転がすようなもんだったぜ、あっぱれな程稼ぐのがうまかった。その才能を誰か子供か孫が受け継がねえかな、って思ってたけど、誰も受け継いでなさそうだな」


とぽとぽとガラスの器に酒を注いで、くっと空ける狸鍋。心なしか毛皮に包まれた顔が赤くなっている気がするが、鍋の胴体で酔っ払ったりするんだろうか。

まあ暴れまわらなさそうだし、迷惑は掛からないか。


「まあ、親戚一同がつるにここの物を皆くれてやったわけだから、おいらがこれ以上口挟む事じゃねえな。おいらはここを引き継いだのの世話は焼くけど、その他は知らねえって修二郎と約束してんだ」


世話と聞いて鶴は思い出した。あの騎獣の事だ。

食卓にたくさん並んでいたご飯に気をとられて、うっかり忘れていたけれども、結構大事な話だ。


「そうだ、ブンブクがお使い頼んだ騎獣、傘持ってきたけど、あの騎獣どこの人が飼っている騎獣なの? 皆びっくりしてたんだよ、水馬ってかなり調教が難しいってことで知られている、水の眷属でしょう」


「ああ、あれは知り合いの所で余生を持て余しているやつでよ、人間の文化が面白いから、お使いとか気晴らしにもってこいって思ってるやつなんだ」


「……つまり調教はしてないと?」


「してるぜ、ちゃんと手綱で合図したら動くからな。でも何というか、おいらもおいらの仲間たちも、つるたちみたいに家畜って考えじゃないからな。あいつらは物を言わない相方って感じだ。で、あいつはおいらの知り合いの所で、敏腕って知られてた水馬でな、修二郎も時々乗せてもらってたんだぜ」


「へえ……」


水馬は気位が高く知らない人間を背中に乗せないとも言われているのに、よく爺様は乗せたものだ。

それとも爺様はかなりそう言った物に、心を開かれやすい人間だったのだろうか。


「ああ、城島の奴らに聞かれそうだから聞いてんのか? だったらあいつらの名刺が確かこのあたりに……」


彼女が何を思っているのかわかったらしい。鍋狸は言いながらごそごそと、その辺に置かれていた木箱の中身をごそごそと探し始めた。

探し物はすぐに見つかったらしい。きれいな漆塗りの小箱が見つかり、その中にはたくさんの名刺らしき大きさの厚紙が入っていた。


「確か修二郎はあいうえお順に並べてたから……おおっと見つけたぞ、これがあの水馬とその相方の名刺だ。城島で聞かれたら、これを見せればいいだろうな」


鍋狸が渡してきた名刺は、経年劣化によりどこか黄ばんでいた物の、大事に保管されていたから虫食いもなく、文字もかすれていないため、ちゃんと読める名刺だった。


「地域指定 特級調教師 兼 運版会社 水渡取締役……水渡って運搬会社、私でも聞いた事ある」


「今じゃ特級調教師って肩書よりそっちの方がでかいかもな」


なんかもう、爺様の知り合いが有名人が多くていやだ。とてもついていけない人物の名刺までもらってしまう事になってしまった。

これをどうしたらいいのだろう。

鶴は心の底から思ってしまった。

水馬の所有者の事でどっと疲れた鶴は、もう風呂に入って寝てしまいたくなった。


「ちょっと頭がついていけないから、もう寝る……」


「おう。だったら食洗器の中に食器入れておいてくれよ。昨日ちゃんと使えるか試そうと思ってたんだけど、鶴が洗ってくれたからすっかり忘れちまったぜ」


一点物の食器でも、この鍋狸は価値などどうでもいいように、食洗器の中に入れろというのだろうか。

鶴が無言でその目を見ると、ブンブクは自慢げに告げてきた。


「温泉引いてっからな、そっちの地熱であったかいお湯をためてあるんだ。それ使って、優しいモードで洗うと食器が痛まないって前、修二郎が喜んでたっけな」


「この家って本当に自給自足どころか、色々信じられない物を入れて作ってあるわ……」


これだけ多機能な家を作ったら、とんでもない額になるに決まっている。いったい爺様は何億の金をかけてこのぼろ屋を作ったのだ?

自分が相続した事で、資産価値などに気付いた本家の親戚たちが、口を突っ込んでこないだろうか。

追い出されたりしないだろうか。

鶴はとても不安に思った。それだけの機能がこの家にはあるのだ。

数多の貴重だろう食器と、酒蔵と、温泉を引いたらしい大浴場と、さらに据え付けの食洗器。

とどめは寄雷針と雷気タンクである。どこまで自給自足が可能な家なのだ。

明かりこそ旧式でスイッチを回すものだが、ここまでいろいろな機能付きの家だという事を考えると、そのスイッチなどの古さは爺様の趣味だったんじゃないか、と思ってしまう。

それに外観はとんでもなくさびれたあばら家だったから、実家の親戚たちも、まさかこの家の中が飛んでもないものにあふれている、なんて思わなかったのだ。

だから一族の中で一番嫌われ者である、家から飛び出した次女の娘、という鶴に、がらくたを押し付けたはずだったのだから。

親戚たちの目論見は大いに外れて、修二郎の秘密の厨は、普通の家とはけた違いの資産価値を持つぼろやであったが。


「建物道楽ここに極まってない? 衣装道楽、食道楽、建築道楽、一番金がかかるのは建築道楽って聞いた事があるけれど」


「そりゃあ修二郎が、散々に金かけて、たっぷり友達や知り合いに声をかけて作った、男の厨だからな! 皆が、自分の能力自慢したくて、色々変な改造をやった部分は否めない」


この狸、爺様の名前を出せばなんでも納得してもらえる、と思っていないだろうか。

そんな事を考えながらも、爺様の名前を出されると、納得してしまう自分がいて、鶴は屋根裏の寝室への階段を登った。

そちらに置いているトランクの中に、寝間着が入っているのだ。

寝間着を引っ張り出すのをここ何日か忘れていたが、もうさすがに寝間着を着て寝たいのだ。

ごそごそと着替えた彼女は、よいせと布団を敷き直し、ごろりとそこに寝転がった。

柔らかい布団の温かさが、とろとろと眠気を引き連れてきた。


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