第11話 鍋狸でも太るらしい
劇的にまずい物、一体そんなものはどんなものなのだろうか。
鶴でなくともそんな事は思ったに違いない。
彼女の怪訝そうな顔を見た狸は、即座にその疑問に答えたのだ。
「みりんを入れ過ぎて、味が奇妙に甘い漬物とか」
甘いだけの漬物。聞くだけでも美味しくなさそうだ。
味を思い出したらしい狸鍋は、顔をしかめた。
「なんかの間違いじゃないの」
さすがに過大にけなしていないか? とは誰でも思うに違いない。だが、狸鍋は真面目に続けた。
「塩って偉大だな、とおいらはあの時学習した。変に甘いと劇物みたいな味になるんだ」
「甘いものっておいしいものじゃないの」
「普通甘かったら大概正解って感じなんだがよ。あれは死ぬほどまずかった。作った本人がおいしいよ、とか言ったけどな、くそったれなほどまずかった」
鍋狸はそう言って深くため息を吐いた。
「自分が料理上手だと思い込んでいる、味覚音痴ほど質の悪い物はねえなってそこで学習したようなものだ」
だからおいらは、あんまり、自分が料理上手、って言っている奴の腕を信用しねえ、と言われた鶴は、何とも言えない顔になった。
「だって、料理が好きだったら美味しい物作れるはずでしょ」
料理好きは作ることも好きだから、上達するのでは?
「鶴みたいなことを思う奴は多い、とっても多い。でもな、好きだからおいしい物が作れるかって言われたら、それは違うんだ。いくら料理が好きでも、下手な味付けの奴は下手なままだ。精進しないまま劇物量産するやつもいる」
「何でそんな事になるの?」
料理は素人でしかない鶴だが、さすがにつっこんだ。
普通こういうものは、練習あるのみだ、とか言いそうなものではないか。
鍋狸は何か恨みでもあるのか。このいいかただと、度しがたいほど不味いご飯を食べさせられたような印象を受ける。
鍋狸は毛皮に包まれてもわかる程、難しい顔で答えた。
「下手に自信があるから、学ぼうとしないってのはあるな。あと自分は無敵に料理が得意っていう思い込みの結果、味付けも自分が絶対に正しいと思っている記憶補修」
つまり自分の味付けだから美味しいと思い込むってやつか、と鶴は考えた。
確かにそれじゃあ、いくら周りが言っても、美味しいものに生まれ変わったりしなさそうだった。
「ブンブクは?」
この鍋狸はどの路線を目指しているのか。それとももう極めたのか?
彼女の疑問に狸はいう。
「常に精進したいな、おいらはまだまだこの世の中のうまい物を食いつくしてねえんだ。だからまだまだ伸びしろがある」
そう言いながら、ブンブクは鍋の米を山のように飯どんぶりに乗せた。
「どれだけ食べるの」
「一合は軽い」
「その体のどこに入っていくの」
「しらねえよ、おいらは力を使いっぱなしみたいなものだからな」
「この家の維持で?」
そう言えば、この家、店で雷池を買っていなくても、雷気が使えるのだ。
一般的な家の中には、雷池をためておくタンクとかが据え付けられているはずだが、それを見た事がない、と鶴は今更ながら気づく。
家雷を持ちながら、雷気の事を考えなかったのはうかつだ。
明日にもこの明かりもつかなくなるかも、と鶴はスイッチを回してつける旧式の明かりを見た。
「そんなもんだな、あと鶴、この家の雷気の事だけどよ、あんまりきりきり考えなくっていいぜ」
「何で」
どこの家庭も、雷気やそれの設備等は重く見るはずだ。なんでも雷気任せだったりするのだから。
だが狸鍋はあっさりした声で告げて来る。
「屋根に寄雷針ついてっから。蓄雷器目減りしてきたら大抵雷がうるさい嵐が来るくらいだし。それで足りなくなってから買えばいいだろ」
「爺様は、ここをどうしたかったの」
温泉といいその設備といい、この場所は孤立しても暮らしていけるくらいのものばかりだ。
爺様は何を目指したんだろうか。
「とっておきの秘密基地だろ。おいらがいてお気に入りのものに囲まれて、かけ流しの温泉に入って、友達集めておもいっきり楽しむ場所。その思いっきり楽しむ場所の光熱費を、ぐちぐち言いたくなかったってところだろ」
「あんなにお金持ちだったのに」
「修二郎おいらと会う前までは、結構苦労してたからな、いろんなものに」
鶴はそこではたと会話のずれに気付いた。
「まって、最初はブンブクが食べ過ぎじゃないかって話だったような」
「鶴、おいらの楽しみは飯なんだ、鶴が嫌いになるような見た目にならねえから、許してくれよ」
あからさまに鍋狸が目をそらす。
「……嫌いになる見た目の意味は」
「たるったるの腹とかでろんでろんの顎とか」
「鍋の体重が増減するわけ」
鍋部分の厚みでも増すのか?
「おいらはただの鍋狸じゃねえからな」
言いながらも、一体いつ口の中にご飯を入れていたのだろう。
鍋狸の器に、三度目のご飯がよそられた。
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