第13話 ?????

酒を傾ける。一人、一人。

その酒の中に映る己の姿は、本来の己とは似ても似つかない姿をしていて、そしてその姿でい続けるために、たくさんの物を手に入れた事をを思い出させる。

酒を傾ける。美しい玻璃のグラスの、薄玻璃の、大変に技巧を凝らしたそれを、口につけ、その酒の味に干渉しない玻璃の滑らかな口当たりと、きつい酒精に、また懐かしい思い出を思い出す。


「……てめえの孫はてめえそっくりだよ」


己の言葉がやけに湿っぽく響くせいで、またろくでもない考えが頭をよぎってしまうのは、どうしてだ。


「てめえがよこしたんだろう」


今でもその存在がここにあるような気がして来るのは、本当に厄介だ。

まだ生きているように感じてしまうほど、てめえの孫はてめえそっくりの気配だよ。

己の心の声をしまい込み、そいつは過去を思い出す。

あれはまだあいつが元気でぴんぴんしていて、本当に息がよかったころの事だ。

ちょっと馬鹿をして、あいつは人間としてはかなりの重傷を負って、入院とかいう物をする羽目になった。

その時、見舞いに行ってやったのだ。

リノリウムの床の、消毒液とかいういけ好かない匂いのするものの漂う、死と別れの気配が濃厚なその、真っ白い建物は、あまり好きになれないものだった。

そこで、そいつの妻が帰った頃を見計らって、顔を出したのだ。


「ああ、××××」


包帯だらけの、一見すると瀕死にも見えそうなあいつに、思ってもみない事が口からこぼれた。


「死ぬなよ」


「こんくらいじゃあ死なないさ! 今の医学は優秀だから、痕はちょっと残るだろうけれども、感染症は引き起こさない」


包帯だらけのくせして何言ってんだよ。というツッコミを聞き、そいつはカタカタと高らかに笑った。


「でもおれはそのうちには死ぬだろう」


「当たり前の事だろうが。生き物は必ず死ぬんだ、どれだけ生きるかは別としてな」


「その時は××××、大事な相方、どうするんだ」


「郷里に帰るだけだな。お前がいなかった頃と同じ生活さ」


「ああ、じゃあ、面白い賭けをしよう」


何を思い付いたのか。あいつは明らかにおかしなことを言い出し始めて、それがあまりにもいい暇つぶしになりそうだったから、己は首肯したのだ。


「お前を引き継ぐ誰かがいたら、郷里に戻らないでその誰かと一緒に暮らせよ」


「そんな酔狂が滅多にいるとは思えねえな」


「俺みたいなのが、世の中には多少はいると思うぞ」


「てめえがあと三人も四人もいたら、世の中世界崩壊だろうが」


「違いない」


あの時そいつの顔は満面の笑みで、さらにそいつは告げたのだ。


「もしも……」


続けて言われた中身は、馬鹿らしいほど荒唐無稽で、だからこそ頷いた。

そんな事二度とあり得ない、と知っていたのだから。

奇跡は二度は行われない。

そんな世界の摂理をよくよく分かっていたからこそ、うん、そうしような、と頷いたのだ。


「二度目ましてはないはずだったんだぞ」


酒の中に映る己の姿に、思わずこぼす。


「ねえはずだったんだぞ」


修二郎。


呼びかけた言葉に、返事は絶対に来ないと知っていた。


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