駆逐艦如月ノ最期

 疾風が沈んだ。

一瞬の、本当に、一瞬の出来事だった。

今まで同じ第六水雷戦隊として、ずっと一緒に訓練してきた疾風が沈んだのだ。


 爆撃され、抵抗の手段を失ったはずのウェーク島から反撃をくらい始めて実に3分後の出来事だった。疾風が一切斉射を試みようと左回頭したその時、黒煙が疾風を包み込んだ。

 

それが、いつもの、ずっと見てきた疾風の最期の姿だった。沈没というより轟沈といった方が近かっただろう。

疾風が沈んだあとには二つに割れた疾風の残骸以外何も残っていなかった。人も例外では無かった。


 信じがたい、いや信じたくない、違う。

 信じるしかない光景なのだ。

 これが戦争だ。


 疾風が沈んだその一瞬、如月の艦上は静まり返った。鬼のような顔をして指揮をしていた分隊長も、隣で大砲の弾を運んでいた水兵も、艦橋で海図に何か書き込んでいた航海長も、全員が疾風の方を見て唖然としていた。

しかし、直ぐに我に返った。


 次は我が身かも知れない。疾風の様に、疾風の乗員の様に、もう二度と日本へ戻れないのかも知れない。もう二度と家族に会えないかも知れない。もう二度と、

これが戦争か、これが戦争なのか、


 疾風が沈んでようやく戦争の怖さを、戦争の事実を、戦争の孤独さを実感した。

その時、見張りの兵士が叫んだ。


「ウェーク島の方向から敵機!数、四!」


 急いで空に視線をやると疾風の残骸の少し右の上空から飛行機がこちらに向かってくるのが見えた。砲台のみならず飛行機まで潰されていなかったのか、いや、確かに味方がウェーク島を爆撃している時に、爆撃機が敵の戦闘機に落とされたという報告は聞いていた。しかし、編隊を組める数は残っていないはずだ。







 ________2日前、ウェーク島アメリカ軍基地



 敵は卑怯だった。

敵は、日本は、宣戦布告と同時に爆撃を開始してきたのだ。

 

ここ、ウェーク島はアメリカ海軍にとってフィリピンとの連絡通路の役割を果たす重要地点の一つであった。アメリカの重要地点、それは日本にとっても重要地点であることを意味する。日本側からしてみればここを落とせばフィリピンは孤立無援となり攻略が楽になる。もちろん日本の狙いはここだと予想できた。そして俺らは様々な対策を取った。


 しかし、敵は不意をついてきた。これには対処できなかった。F4F戦闘機を飛ばす余裕も時間もなく、爆撃の中で発進を試みた。だが敵は容赦をしない。爆弾の雨は次々とF4F戦闘機を破壊し、俺ら整備員やパイロットを吹っ飛ばした。


 爆撃後回りを見たが見るも悲惨な状況だった。パッと見ても使えそうな戦闘機はほぼ無く、無事な人は誰一人としていなかった。


 俺も爆弾の破片が腕をかすめ、出血していたが大した怪我じゃないのが不幸中の幸いだ。だが休んでいる暇はない。敵は一度だけでは終わらないだろう。必ずまた来る。

俺は急いでハンガーに戻った。第211海兵戦闘飛行機隊、全員が集合する事になっていたが55人いた隊員は32人に減っていた。

そして2時間後、動ける奴ら全員で修理をすれば使えそうな戦闘機を探した。外に出していた8機の内7機は全壊、残り1機もほぼ使い物にならない状況だった。だが残された機体も5機あった。俺らはこいつを急いで整備した。

 全員怪我をしていた、だが俺らがやらなければここは落とされる。全員必死になって整備をし、稼働できる状態にはなった。

そして息をつく暇もなく次の作業に取り掛かった。


 戦闘機が爆弾を落とせる様に手を加えるのだ。もちろん戦闘機は爆弾を落とすように作られてないし、爆弾を装備すれば戦闘機の命である機動性が一気に下がる。だが敵は船で上陸してくるだろう。戦闘機しかないこの部隊ではこうするしかないのだ。



 その後も爆撃機は来た。こちらの戦闘機も一機はダメになったが、俺らが必死になって整備した4機の戦闘機が相手の爆撃機を数機だけだが海へ落とした。


 そして三度目の爆撃が終わったその日、奴らの船は現れた。

飛行機同様、砲台にも生き残っていた奴らがいたらしく反撃を開始した。


 そして敵の駆逐艦を一隻沈め、敵が逃げ始めたのだ。この時を逃すわけにはいかない。




 俺らの希望を乗せた4機は飛行場を飛び立った。



 _________ウェーク島近海、駆逐艦如月


 

 恐怖を乗せた4機は一直線に向かってきた。

 戦闘機とはいえ、機銃掃射を受ければ人的被害はかなり出るだろう。陽炎型駆逐艦なんかと違って砲兵すら雨晒しである如月に至ってはいっそのことだ。しかし、この艦にはその恐怖を倍増させる要素があった。

対空砲が無いのだ。この時代はまだ艦に搭載する対空兵装にはほとんど力を入れてなかった。ゼロでは無いが一挺や二挺では戦力はたかが知れている。おそらく飛行機からすれば邪魔にすらならないだろう。

つまり艦艇から見た飛行機の攻撃は抵抗する手段もなく、ただひたすらに爆弾や機銃の弾に当たらないことを願うしか無い恐怖の代名詞とも言えた。


だが機銃の威力は船にとってはあまり脅威では無い。機銃だけで沈む船は本当に小型の船に限られるだろう。しかしこれは戦闘結果には残りづらい、実際に体験してみないとわからない、透明な恐怖であった。


 4機の戦闘機はどんどん近づいてくる。だがこちらはどうすることもできない。皆んな青ざめた顔で祈り続けた。

戦闘機のエンジンの音がすぐそこまで来た。もうダメかと目を閉じた瞬間、エンジン音は後ろへとどんどん遠ざかって行った。

 目を開けると敵の戦闘機は如月の上空を通り過ぎて、奥にいた駆逐艦より大きい軽巡洋艦で構成された第十八戦隊へ攻撃を開始していた。機銃掃射を受けている。おそらく死傷者も出ているだろう。


 込み上げたのは第十八戦隊への同情だったか、それとも、安堵感だったか。

4機の戦闘機は数分間攻撃した後、基地へ戻っていった。しかし、安心したのも束の間、ものの数分もしない内に基地から出てきて攻撃をしに戦場へ戻ってきた。厄介だ。こちらに有効な攻撃手段がないのをいいことに奴らは悠々と空を飛んでは機銃を浴びせ、基地に戻りまたすぐに空を飛び、の繰り返しをしていた。

 何回目の攻撃が終わった時だったろうか、ついに旗艦の夕張から撤退の命令が出た。

予想以上の残存戦力、永遠に止まない戦闘機による攻撃、疾風の沈没。これ以上の戦闘は無意味にも関わらず、さらなる被害をもたらしかねない、そう考えた司令部の判断だった。

 如月はほかの艦に遅れを取らぬようにすぐに南に舵を切った。一刻も早くこの戦場を出なくてはならない。しかし、思いもよらぬ邪魔が入った。上陸を試みた大発が進路を阻んだのだった。狭い海域で大発を避けながら進むのは時間を要する。このままでは他の艦に置いていかれてしまう。そう思った時だった。


 4機のF4F戦闘機がウェーク島から近い位置にいた如月を狙い一直線に飛んできた。戦闘機の進路上に日本軍はいない。如月を狙っているのは確実だった。

如月は急いで回避行動に移った。しかし足の速い戦闘機にすぐ追いつかれてしまった。

機銃掃射を喰らうかと思ったその瞬間、戦闘機の翼から黒い物体が如月の上空をかすめて海に落ちた。

爆弾だ。アメリカは機銃での沈没は無理と判断し戦闘機に爆弾を積んできたのだ。


 まずい。そう思った1秒後


一つの爆弾が如月の船体の真ん中に落ち、側にいた乗員が宙を舞った。

しかし悲劇はそれだけでは終わらなかった。

爆弾の火の気は魚雷を包み、大爆破を起こした。

近くの艦橋は跡形もなく消え去り、マストは折れ、2番煙突は半分が吹っ飛んだ。

 疾風と同じく、一瞬の出来事だった。多くの乗員が圧倒的な威力の爆風の中に姿を消し、変わり果てた姿の如月はその後数秒間だけ荒れた海に流されたかと思うと真ん中から二つに折れた。艦首と艦尾は空を見上げ、そのまま海中に沈んだ。

 

太平洋戦争が始まって3日後、真珠湾攻撃の大戦果の陰に隠れたウェーク島攻略は疾風と如月の2隻の駆逐艦の沈没という太平洋戦争での初めての損害を生み失敗したのだった。



 1941年12月11日

 駆逐艦如月沈没

 約170名戦死

 生存者0名(3名の資料有り)

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