日本海軍ノ最期

守株

駆逐艦疾風ノ最期

 ________マーシャル諸島、ルオット島




 12月7日。

 戦争が始まる。

 日本で戦争が始まる。

 既にヨーロッパの方では同盟国の獨逸ドイツ伊太利亜イタリア英国イギリスを相手に戦争をしていた。戦争の影が近づいていた獨逸と伊太利亜と三国同盟を締結した瞬間から日本と米国アメリカとの戦争が始まるのは時間の問題だった。

 

 疾風は旧式の神風型駆逐艦だ。最新の駆逐艦は大砲を5〜6門、砲塔という部屋の様な建造物と一緒に積んでいたのに対して、神風型は雨晒しの12cm単装砲を4門積んでいるだけだった。

 魚雷も積んでいたが、最新の駆逐艦と比べるともちろん劣る。しかし、大切なのは兵装ではない、大切なのはその兵装を動かす乗組員達だ。 

 この日の為に砲兵から機関兵まで全乗員が文字通り必死になって訓練に励んだ。しかし、いざその時が間近となると非常に不安になるものだ。



 明日、12月8日。戦争が始まるのだ。



 もう既に第一機動部隊はアメリカの真珠湾の近くまで到達しているはずだ。それと同時に疾風は味方の軽巡洋艦や駆逐艦と出撃しウェーク島を目指す。ウェーク島はとても小さな島であるが、アメリカとフィリピンを結ぶ重要拠点だ。目的はもちろん、ウェーク島攻略である。ここの周辺の島々を占領すればアメリカはフィリピンへの補給や援護ができなくなり、これからの作戦の幅が格段と広まる。

 もちろん向こう側も重要な拠点だと認識している。戦闘機や大砲で守備は固い。

 だがこちらには心強い味方がいた。

 航空機である。真珠湾の攻撃には全て航空機を使うらしいが今回のウェーク島作戦でも味方の航空機が爆撃をする。そして敵の守備が崩壊したところに大発(軍艦や駆逐艦等に搭載された大型の動艇)で味方の上陸部隊が上陸、そのまま占領というのが作戦だ。

 今回の鍵となるのはもちろん航空機だろう。敵の防御が壊滅すれば、こちらの損害はほぼ無いに近い状態で作戦は成功する。


 12月8日



 ウェーク島攻略部隊は出撃の準備を開始した。

 旗艦は軽巡洋艦夕張。第30駆逐艦の睦月、如月、弥生、望月。そして第29駆逐艦隊から疾風と追風がそれに続く。第29駆逐艦隊も第30駆逐艦隊の様に4隻で編成されているが、その内朝凪と夕凪は別の作戦に従事しているため今回の作戦には参加しない。


 今頃真珠湾では攻撃が始まっているだろう。


 戦争は開幕したのである。


 ウェーク島に着くのは2日後の12月10日になる。作戦もその時に始まる。しかしウェーク島は開戦と同時に日本の爆撃機が島内を爆撃する手筈となっている。


 疾風艦長、高塚少佐は爆撃機からの爆撃成功の報告を心待ちにしていた。

無論、戦争が始まれば人が死ぬ。


しかし、その数は出来るだけ少ない方がいい。この疾風からも戦死者を出したくない。その為には爆撃の成功が絶対条件である。


「副長、報告はまだか。」

「まだです。」

「報告はまだか。」

「まだ来ていません。」


 こんなやりとりをずっとしていたその時、遂に待ち望んでいた時が来た。


 我、敵飛行場及ビ砲台ヘノ爆撃機ニ成功セリ

 敵損害多数也


 高塚少佐は喜んだ。これで格段に作戦が成功する可能性が高まった。



 12月9日



 ウェーク島への二度目の爆撃の報告が来た。

 ウェーク島のピーコック岬やウェーク島の西側にあるウィルクス島の砲台はほぼ壊滅したそうだ。


「これで間違いなくウェーク島は攻略できるだろうなぁ、敵は攻撃する手段が無くなっている。」


「えぇ、その様ですね、しかし敵の航空機が味方の爆撃機を落としたという報告もあります。油断は禁物ですよ。」


「あぁ、分かっている。だが航空機と言っても戦闘機だ。艦艇を沈没させる能力は持っていない。ただ、疾風の乗員は一人たりとも死なせたくはないな。」


「そうですね。乗員が生きている内にこの戦争も早く終わらせたいですね。」


 高塚少佐は寂しそうに笑い、そうだな。と答えた。何が起こるか分からないのが戦争だ。この居心地の悪さから早く抜けたかった。



 12月10日夜



 味方の潜水艦、呂65に誘導され、いよいよウェーク島上陸作戦を実行することになった。この日にも爆撃は行われ、徹底的にウェーク島を叩きのめした。そしてその日の真夜中、ウェーク島から少し離れた所で上陸部隊を乗せた大発を発進させる。そして夜の闇に紛れて奇襲を行うのだ。

 しかし、海が荒れていた。荒海、しかも夜での作業は困難を極めた。最初は定位置に着いて大発を発進させる予定だったが不可能に近い為、それぞれの判断で各艦の適当な位置から発進させる事にした。そして悲劇が起こった。発進した大発が波に飲まれ転覆したり破壊されたりして上陸部隊が海に投げ出されたのだ。艦隊は直ちに上陸作業を中止、作戦は一旦延期になった。



 12月11日



 日本軍は夜の上陸を諦め、朝早くに全艦で砲撃しながら強行的に上陸する作戦に変更した。そして午前3時25分、遂に日本軍の大砲が火を吹いた。まずは駆逐艦より射程の長い軽巡洋艦が砲撃を開始した。砲弾が次々とウェーク島に突き刺さっていった。しかし、敵からの砲撃は無い。高塚少佐は胸を撫で下ろした。

「やはり、報告は正しかった様だな、相手は抵抗の手段を失っている。」


「そうみたいですね。島が射程内に入ったら我々も砲撃しましょう。」


 そして約20分後の3時43分、駆逐艦隊も砲撃を開始した。開戦前に猛特訓しただけあって砲撃は正確であった。



 だが駆逐艦隊が砲撃を初めて17分後の4時、運命の歯車が回り始めた。

 高塚少佐はウェーク島が一瞬だけ光ったのを見た。次の瞬間、すぐ近くに大きな水柱がたった。


「いかん!敵の砲撃だ!」


「なっ、何故!敵の砲台は爆撃でやられているはずだろ!」


 米軍はこの時を待っていたのだ。もちろん多少の損害はあったが日本軍の三度にわたる爆撃を耐え、35分に及ぶ日本軍からの一方的な砲撃に耐え、十分に引き付けた所で一斉に砲撃を開始したのだった。砲撃は旗艦の夕張を損傷させ、退避に追いやった。


「まずは砲台を破壊しなければならん!左回頭して、右舷より一斉射撃をしろ!」


「しかしそれでは敵に横を見せる事になって被弾しやすくなってしまいます!」


「それも仕方がない!先ずは敵に攻撃するのが最優先だっ!」


 そして回頭が終わり一斉射撃を指令しようとした時だった。




 高塚の目には多数の目には多数の砲弾が飛び込んでいた。




 敵からの砲撃が始まって3分後、一瞬の出来事だった。

 弾幕は疾風を黒煙で包み込み、疾風は真っ二つに分裂した。海は二つの塊を一瞬で飲み込んだのだった。高塚少佐の願い虚しく、乗員は逃げる暇もなかった。


 疾風がいたはずの海は最初から何もなかったかの様にまっさらになり、その上空を翼に星をつけた4機の青い戦闘機が飛び立っていった。



 1941年12月11日

 駆逐艦疾風沈没

 乗員168名戦死

 生存者0名(1名の資料有り)

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