虫篭窓の瞼

 歪んだ廃屋に住まう老婆は元は花売りをしていたという。

 

 摘み取られた花々の売れ残りを悼み此処に種を自生させる。首を刈り取られた花々は枯れてなお見せしめに壁に揺られている。そんな場所であったと想像できるが、然し縁あって此処にうつつと置いて、番と棲みついたはずであるが今はもう影も形もない荒れた塚である。


 そこまでの道は無理やりに抉じ開けられ、古い朽縄がぎしぎしと心を締め上げるよう、しかしそれを断ち切っても尚、緩やかに移ろい、それでいて、何時か行かなければ成らないと本能は言う。

 すると街道沿いに列をべる、あばずれの蛾蟲たちの行く末が描かれるべきみちしるべ道標には、不具を背負う赤子の悪戯餓鬼が雅楽とも鏤められる。金持ちの道楽だろうが底に新たな住処はあるらしい、と多少の身の犠牲に浸る間もなく腐った床を掘り返していく。

 まあ、でるわでるわの散り誇りに咽びながらも、とうとう根底に涌いた流れはとても湛えては匂うばかりで、花や蝶に集る、ひとびとでごった返していた。


 さてこれだ、揃いの花簪はよく似合っていた。ととばりは下される。しゃなりしゃなりと愛しく意図を狂わせる、手つきが、勝手に喉を通らなくする、声も艶に潰され自らの意思は捨て去られるまで、依涸れた耳は聞こえないふりをする。

封焦られた私の躰が舞い上がる刻、がなりたてる綺羅星が胡蝶の愛を喰らうものどもの姿を捉えるが、もう遅い、焼き尽くして仕舞えば、めっぽう傷んだ鱗粉は火の粉でしかない。

 舞い戻る黒揚羽は蔓延る現世を繋ぎ確認することを諦めたようだった。


 さてこの状況はどう説明を点けようか。

 百合籠に孵る、指に留まる灯りは少しばかり羽をやすめ、点る天蓋は青々と盛りを帯びた海が天上に蔓延っている、此処は外か家か言わずもがな身慣れた風景に彩を増しただけなのだろうが、不可思議と溺れるほど耄碌はしていなかったはずだが、妙に揺蕩う天井が高く眩く感じ、とても狂おしい。


 そう、うるわしいその象徴はあなたの見た目より更に一段と堅い化粧箱に鎮座していたというのに、今の今までそれには気づかなかったことが不思議でならない。まるで白百合のようにしっかりと姿を揃え頑として揺るがないものであるが、

 わたしは葬儀のあともずっとそれを眺めていたはずで、ふいに雷鳴が轟いて明かりが消えた、ただ刹那のことである。


 この足どりを引っ張るものは。

 なにもかもやみもないおもいで、

 この手で曵き拔いて凅らした雑葬の束 踏み付けて歩んだとて らくなはずであった。しかし今の今まで、気づいてなどいなかったのだ。


 これは、そこがあさい、そもそも箱なのだろうか。

 作り出した透明の虫籠に、私が掴まっている。

 必死にもたついて魅せる芋虫はぎらついたみてくれで威嚇しているようだったが、造作も無く踏み潰せばいいのに、眼中にもないと。老いぼれは襤褸を着てその時を待っている。極楽か地獄か、夢ぐらいは冷めてくれるな。血の池にハマる餓鬼なのかもわからぬまま。

 か細い残光が一斉に泣き始める、赤子が乞うように求めるように、

 元からいたかのような空蝉が、つんざいて、逝く。

 拾っては竦めていく、胸の内をどう捕らえようとも、苦しいばかり 空いた口は戦慄くばかり。何もかも発せずに漏れだした息様は、徒労もなく続いていることが こんなにも馬鹿馬鹿しい。


 なら物語を閉じ込めるには明かりを消せばいい。

 でもそれには準備が必要だ。


 花占いの絹糸を凡て堕として裏を返せば、先ず生きの好い魂をいっこ光に透かして見るんだ。羽のように広がる葉脈が拍を刻んでいるから、それに合わせて呼吸を整えると良い。それが小さくなるまで繰り返す。面倒なことはない、そのうち時に昏くなって闇に侵され永遠の幸せを得るんだ。

 お菓子の家には蛆虫は集らないが、お前らのような餓鬼はわんさか捉まるもんだ。だがもう怖いことはおこりゃしないのさ。当の昔の出来事を穿り返しても白骨一片もみつかりゃしないのは、こりゃあ偽物だからさ。

覚え居るなんて記憶、いつだっていいように捏造を重ね、罪化つみかさね、綺麗な装丁で覆い隠した、ただの化けの皮さ。


 さあさ もういいか、老いぼれの法螺話 真に受けちゃあならねえ。なにもなりゃしない夢に溺れて何処までも羽搏きゃあいい。忘れてしまえばいい ように 夜はできているもんだ。

 朝になれば夢の一言で流される憐れな話を聞いたところで、すべて虚構でしかない。思い出すとすればそうさね、走馬灯に近いだろう。

 お前らはいずれ死ぬ。それだけは確か、

 死を闇を見得ぬものとして、畏怖として刻んでやろうな。

 魂の奥深くに根付いては花を咲かせるがいい。野ざらしの揺り籠を守る胡蝶、歪な香りに狂わされた者たちの唄が終われた柩の苑。吞み込まれるがいい、闇に、とこしえのおそろしさを、この身から滲む境に触れたものとして、伝えるがいい、この法螺話を。


 ひずんだ廃屋に住まう老婆は元は花売りをしていたという。摘み取られた花々の売れ残りは傷み此処に種を自生させる。首を刈り取られた花々は枯れてなお見せしめに壁に飾られている。そんな場所であったと創造できるが、然し縁あって此処に夢寐と老いて、番いと棲みついたはずであるが今はもう墓場の揺り籠となる。


 白百合は胡蝶の夢と騙り垣間見た黒揚羽は其処にそっと侍る時が来たのだろう。

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