105.カイコ

 誰であろうと歩いた道は二度と開かない過去に消えると云う。

 常にそこばかりを見ていた足元にはいつだって綺麗な花が咲き乱れていて、眸を奪われた。隣には誰もいないことに 気づかなかった あなたがこしらえた造花の束が私を浸していたこと。それは幸せで当たり前で 現実が 夢の宴だと知ったのだ。

 

 いまさら壁は取り払われたのか、それこそ今に囚われたのかもしれない。

 愛や恋のような美しい感情は海に沈んでしまったようで、深海の隅に煌めく光の泡を未だに追い求めては溺れていくばかり。届くことはない希望に、黒く歪んでしまった尾びれでは前に進めず。

 指を銜えて射たものは赤いだけの薔薇の心臓でした。

 唇に宿ったのは憎悪の塊でしかなく鮮血だったから、今も地には憎しみの花は咲き続けている。その美談を魂のヒトカケラとして拾っただけ。

 

 牡丹をひとつつねると、逆さまに死んだ蟹が脚を引っ張る。どんどん伸ばしてゆけば意図が見えてくるかもしれないと。

 生みの中の夢だったから簡単に転げ、底から魅せる景色は水面がうねり現実を眩ませるイロドリが乱れていて苛むように、我楽多を噛ませてはサイケデリックな幻想に堕ち混ませていく、私の裸の魂は少しだけイロと襤褸を纏った。

 

 共に天を降れば楽に熟れたか

 等と地に昇れば洛に往けたか

 ともに未知があり生き続ければ道があるのだが、見えやしない足は何処かに旅立ってしまった、盗って憑けた尾を振り続けても揺蕩うばかりでなのです。

 あなたが笑った日に、私が殺したものが、水槽に沈んで浮かんで息を吐いている、

 感情はあかいべべ。

 知っていても理解できないと振りかぶり今日もまたふたりぶんの食事を作っては腐らせる。

 

 天上は硝子で覆われ氷上のあおいとりはそのあいだだけ足をばたつかせている。

 嘲笑う空は晴天でそこまで光は満ちていくので、楽だろうと、堕ちてふやけた生命の欠片を口に含んでは今と繋がれている気に増々ますます慣れていく。

 

 私が噛み砕いて腹に入れたその実は霧と魅せる。

 涙にもならなかった水面下で いきつける、吐き出した白い泡こそが永遠だと、いがら 催す喉を突いた小骨は誰かの愛情でも、もう痛くも痒くもない。それは堅く触れ逢って熱を帯びる芯に成れた様であった。

 

「馬鹿にするがいい、この目に映るものが、彼方に伝染るものとは限らない、」

「一緒だなんて思わないで、死ぬ時は独りなのだから、期待はさせないで。」

 叫びにも似た雨風は封鎖された鎧戸に叩きつけるけれど、のままの形でふたり流れてしまいたい。

 

 二度と出会えない銀河のふるさとでいつかの車窓の隙間から溢れたものは涙と溜息。何も描けない しまわれた記憶を見た青い海に還ってきたのはいつからだろう。

 朧な光に溺れていけばたどり着けるような気がして暗闇に希望を塗りたくる。海の輝きに空の灯火をぶちまけながら、明日こそ、未来が開けるような歪んで傾げた扉であっても、幸せの角度は太陽に近くて海に潜ればすぐに縮んでしまうと、輪廻を抉りながら生命の起源に孵ろうと苦しくても深い底に沈み続ける。

 

 もう折れた首の鈴が錆び付いて離れない、幸せになれなかった誰かの為に、飼い猫を救いたいから、泳ぐ術を亡くしたら溺れてもいいのです。

 

 こたえの獲ない婚姻届けは死で埋め尽くされ燃やせばいいのに大事にしまって、枯れゆく向日葵が今年も美しく咲いてくれる、私たちの季節の間に。

 きっとなつは来る。

 その日世界はさかさまに戻り、殻を破り飛び立つ。それは胡蝶の夢を見た、薄汚い蛾の御話しだと思い出した。

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