104.そのひのかげに

 それはけない氷菓子。

 それとも猫柳があつぐるしいてのひらかもしれない。

 

 例えば、はじめてきたはずの場所で取り込む空気が懐かしくて泣いてしまう。夏の陽の写真や食べられないのに流行ってるレプリカのキーフォルダ、すべしまわれるだけの世界。

 それはそれで安泰で見たくもない思い出が入ってる、視界がにやけ煮焼けている。偽物の茄子の方が色つやよくて、寧ろ餌付いた仏壇は埃を被る。

 

(あゝ今夜も栄えてますがね、)

 空回りもする問いかけに今しがた現れた霊に会釈を返す。

 勝手に決めてしまったつまらない旅行とか、そういうくだらないことが大事に沁み要る。アルバムを振り返るとき、囁くようにそっと傍らに現れるものです。

(それはただの過去でどうしようもないことだけれど)

 

 例えば君が誰かと喋っているだけで僕は何だかイラッとする。恋かな、そう思えばあたりまえに思えてくるから、わらえもしようか。きっとずっとあたりまえの気がして道に迷うことがら、なにかが、はじまってはおわる、ひそりとした細い路地。

 ひとつまみ、塩加減を振りかけて、

 らくに閲覧する 漕ぎ出した舟に乗る。

 

 画布に放置された庭は盆栽も朽ち君の香りが仄かに凍みて、倒錯する薄光のTシャツが風に仰ぐ、特々と喘いだ水車が抉るように廻り、地は白く渇いたばかりの太陽に滅せられ、手も繋げない純潔なぼくらの口づけ。

 下から這える蚯蚓によって簡単に侵食される、塗り籠められた想いより甘いもの。脱糞したチヨコレイト、苦いのも、九九%の悪意とやっぱり自慰行為に過ぎず。

 

 お前に弔いなど必要ないと鈴の音は転がる。

 明けの明星も硝子の向こう側に捕らわれ、

 そうさ、お前が俺に枷を填めたんだ。

 もうもう、独りはたくさんだろうと、

 手を下すように、なだらかに堕ちて逝く蠱毒の咎、

 懐かしいだけの幸せに包まればいい。

 

 僕と出会わなければ君は死ななかったのだろうと救われたいがばかりに幾度も傷を漬け、心を殺したのは時のさがであっても僕らは繋がれ遭えたというのに、いまさら自問自戒を重ねて自分を黒く塗り潰し身にひっつけるしかない陰は、色濃く地に足を点ける原料にしかなり得ない。

 そりゃあ答えっていうか妥協っていうか、簡単に折り合いをつけていくタダの余白の点線だけれどもそれが必要だった。要は今だけを抽出したいのだ。

 

 殺してしまえと

 全部全部

 

 君しか映っていない写真の淵にどれほどの意味があろうとも。

 境はまだまだ燃えられそうな蝋燭を、お疲れ様と声をかけ続け最期に拭き挙げたように、いつかの祈りは空回りする。

 今こそ時雨。

 渦巻き線香しか愛せないから 空を泳ぐ蚊の、哭くようなひぐらしは耳鳴りを排し、もくもくも焚嗄れたやっとの入道雲の鱗は落ちる、絖しない翅突きの蛇朽ち縄になりたく。

 けれど、この厳冬もその思い出に漬かっていたいと価値を弾く烏玉からすだまのまま、生まれることない濡れた婀娜にしかならない。

 

 これは焔なのか、命なのか。

 ハイカラを模様もようした胡蝶は|たうたふ。負荷ふか不快ふかいを放ち握り滑るように甘言は滑る。ペーパーナイフは研ぎ澄まされ、僕の血潮を傷つけても、誰も気づくことはない置手紙を反して。

 届かない願いだと。

 描かれない便箋は吐く息を写し込んで未だ手に付かず答えなどないのだろうが。それでも僕は毎夜くしゃくしゃになるまで、穴が開くほど思いをくぐもらせる。その中心に焼け焦げた僕だけがいることはわかっていても。

 息をしているようで、賑やかなだけの鼓動だけが耳に点いて離れず停まることもできず、抗えない生きは闇夜に震えているそこは、何時までまてばさらわれるのだろうか。

 

 ゆめうつつの瀬戸際で悶える阿呆でる、からくり鴨の親子をとこに置いて飾り戸の前で連絡を待つ。

 

 僕は誰かに対して助言できるような生き方はしていないので、全て推測によるもので、そんなことで誰かが救われるのならばとは しかし、無責任ではないのか、と在りし日の君に問う。

 

 発条は巻かれるのを今か今かと待ち焦がれてる、今こそ子供に孵ろう。

 

 地に蒔かれた時の隕鉄は、自我の世に密を塗し誰も気に留めやしない、轢かれた道に朱の光よ。

 なだらかな谷間の奥を覗かないで非は暮れ、森も囃子も焼失死体。ただ動いてる木偶の坊だろう、我々など逆えぬ無天道に白糸を垂らす汚らわしい蜘蛛がわらわらと。

 

 なして空から見ていてよ、

 かあさま とうさま。

 僕はこんなにも惨めであります、こんなにも焦がれて織りますのに、未だ丸裸でございましょう。僕の思いは届くことはありませぬ故、いっそ崩れて地に還り咲いてしまいたいのです。

 ねえさまはそれでも僕を離してはくれぬのでしょうが、とくにゆがんだ肢体ですから、

 

 今夜も いっしょに 

 一生 夜は 白ける ばかりですね。

 

 白の内側に確されている、それを探し続けているが一向にかすりもしない。僕は黒く底を知らしめ悩み深き試行そのものであって、伽藍堂の檻の中に潜む朴に過ぎない。

 そうやって掻き回している愛や恋は耄碌していく。

 

 たのしいかな、むなしいかな、忘れもしないよ。

 誰もいないメリーゴーランドはいつだって狂っていやがる。浅はかな意識に僕らは踊り空かす、楽に褥に犯されるように、いつだって求め続ける。

 

 その舌先すら絡め獲られる「机上の空論」

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