第97話春の居間

 春になると世界は目覚めに向かうようだ。

 顔を覗かせる草花達はみなに呪いをかけて 気付きもしない死に近づいていく。ことに やつらは悲観もせずに生きていく、すべにお惚れていく。

 やはり見えぬもの、亡くす事無く、死を尊ぶべし。

 今も、かき消されるマニマだろうに 逃れることは出来ず。わからぬまま、心踊らされろ

 春の嵐。

 紅色の花弁達の理 勝手涙する美しき綻びに酔えれば善いだけ命。すべて螺旋に廻れ。


 然し、このところ視界が霞むようになった。

 みちすがら立ち止まる。と、先が先が 別離を興す。花は咲き乱れ渦となり ほのかに熟れる香りとともに誘うようにいくつかの選択を施す。 いとおしきものに加護を納め 永久に変わらぬ路傍と宿る 印。これであと戻りても安心と 光の示す方角に指針は触れるもので 終いまで歩き行ければと背を正す。


 此処に傷ついた白鷺が一羽 どこへも行けずに横たわる。

 それは、雲のようでいて土のようでもあった。永いめ見れば、見るほど あわれなもの。取り憑かれたのは、痴であったことは 言うまでもなく。跡形もなくこのところの鬱積を消え去るには ワタシと云う血脈を殺せばよいのだと、覆う影によって未知に惑った骸は いつ気づくのだろう。

 鴉が啄む墓標にて、多岐に亘る我々は思いを侍らす。


 誰ともなくたきつけられる。

 焦点で焼かれ慧眼けいがんに因りて 廃坑は喪に犯され四肢は悪臭を放つ、

 ともども

 堕とされたもの。

 名を棄てた時より自由を得た 哀れと思うものもあったか、

 しかしいっときの光では みじめなものだ。


 わたしはわたしでしかなかった

 誰からも愛されなかった


 それは媚薬の要で麻薬の類で心を満たし、いっぽうでは蝕んでいく孤独である。


 無重力をさかさまに繰り返す捻じれた糸を身に着ける、見つからないよ。体も心も、おのれでいられるように名前を点けてさぁ。此処から逝く世、始まる夜


 自由という名の死を齎すもの、先導者は括りの糸を操る かれはシを詠う、人々の罪に巧みにコトバを填め併せ、散々安いだけの叫びを浴びせかけ、世を導くと偽り、


 それはれものでもなく、撃つうつけものでもない。

 これは自我である、自信の実が無を蝕す、腫れ物の名だ


 潮騒が留まらずいつもにもまして葉擦れの嘲笑が浸る

 扉の向こうより過去を連れて行く。

 思い出にも残せない、入り口はいつまでも魂動を繰り返し

 開けてはならない、誰もいない事はわかっている。

 皆帰っては来なかったのだから、蝶番は奇声を上げ続ける。


 眠ってはならない

 最期の祈りを届けるまでは


 陽が月に隠された、その無くした光を虚ろな双器に集め、

 その光を身をもって、視を失くしてこそ、燻る。

 アナタの翳を踏みにじり、青の天罰に一突きに、振り返ることなく楔にうちつけろ。これがうつつだ。


 空を飛び越えて、裏に来た。底は蕩けただけの甘い鯨の風潮 泪で作られた抱えるぐらいの玩具箱。


 楽しくってなにもかもわすれなくちゃ

 いきができなくなる、殻辛の空カラ、

 だれもみつけないで、浮いてゆく

 ボクが此処で眠りにつく迄、憂いていく

 きづかないで。

 それは、なにもかもなかったんだから、ね。


 空白の四隅を針金で貫いて柔らかな隙間で罠を作り

 ボクは昨日三日月から家出した血濡れ兎を捕まえた中身だ。裂き割れ錆匙で救い、みてくれだけを珍重されていた朴念仁を抽出して、冷ややかな眼差しで心を殺して子分賭して。


 やっと対等な立場だろう。

 もう覚えてないかもしれないけれどね

 ボクはきみなんだよ


 欲しいものを月は知っていて今に買い与えても、夢は無くなってしまう。

 喰らい嘔吐きのぼくらは排泄物と同じ木を生んでいる。

 地はなんだって身に纏う。馬鹿は善し悪しを着せ替えて遊ぶ

 海の藻屑の楽園で奪われた坩堝。これこそが今、(萬月)

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