第69話天軀の水葬

その、のそりと這わせるだけの

嫌にふてぶてしい眼力はなんなのかね

気を使うのならば、もっと近くに座ればいい

私の膝の上は空いているのだから

眠ればいい、そうすれば暖かいのだよ

君も私も幸せじゃあないのか


まあ、生前も死後も変わりゃしないか。

君は太陽より高くどんな石ころより希望に添える

光そのものだったよ。全く何を考えていたのやら

今更わかりもしないのだけれど。

けれど今でも蜘蛛の糸とも絹糸ともつかない意図を

紡いでは私を好き良きに騙りて覆う、現実。

巣食うように絡まれた私の運命は、君のものになった。


それは君に委ねたから心地よくて、すべてを担っていて

細胞の礫(つぶて)まで透かさせてしまったもの。

私のことなど全てお見通しだったようだね。


私は日々何気なく過ごし、全てを君に任せ、怠惰この上なく

君に寄り添っていた日々。

ある時手のひらほどの金魚鉢に小さな貝殻がひとつ、

生まれては少しばかりの輝きを放ち、

その虹色の儚さだけを焼き付けて死んだ。


燃え尽きて魅せたコト辛うじても残留をこの腕で救い賜り

其所に砂地と撒いた。そして底にガラス玉を二つ入れると、

不思議にも外光が屈折しゆらゆらと影を落とすようになる。


しかし、光に当てれば宛てるほどオープンな殻は、呆気なく

アンフェアな喪に侵蝕され 穢れ澱み心底吃り、

著しく退廃に魅され、思考の安楽に振り分けられ、

棄てられずに覆われ、狂い咲いた早咲きの蛍の残香に

朦朧と念仏も火影も見えなくなって、

懐かしい声も光も柔らかさも舞雪のように蕩け無名無色に

忘れてしまいそうになり、暗がりに入れたところで、

いまさら見つめたところで輝きもせずそれは汚泥に服して。


私を夢の中で育てる、シースルーの純白は翻る

いつまでも輝き続けるように磨きあげる。これは

現幻を映す、時の流れを入れ込んだ私たちの心のよう、

だから。

こんなくだらないもの、宝物に仕立て上げたっていいんだ。


今夜も君は金魚鉢の中で揺らぐ闇色の影と戯れている

障子戸の隙間から枯れな鈴の音が転がり、

願いを模した透明な短冊が華奢に揺れる


ただ、それだけの影と心をビビットに躍らせ

それで、ここは 今 の こと は繊細に確かだが。

君が君でしかなくなったときに、

私は君なしでは生を活かせず

君にとっての私、ただそれだけが凡てとなった。

そうして未来を生かすことを知った。

キミが気味であり亡くなった日に、


私にだけ見える君が開放され、そこにいることが、私の意思であり、

君が作り上げた私という抜け殻は清く陽の光を受け続ける。

今が続き、過去も未来もない、屈託もなく鈍く照り返す

トレースのハレノヒ。光で身散るばかりの水底に落ちただけ、


私はもう、うきあしだつ

砂礫の一部分。透写、ひかる


君だけが私をチラつかせる思いの力に生かされている。

小さな水槽に入れられた痛々しい骨片が、わらわらと

魅せ続ける限り、キミと私の想像は煌いて

いつまでも息をシ続けるだろう。

澱んだ藻がいつまでも清浄な空気を作り続け虹色に輝いて、

君と僕との包装紙の中で息続ける、ひっついたセロハン。

仲は縁の毬藻、魂の宿ったタダの上澄みの手毬として。


ああそうしてまた君は未来に希望だけを光らせる夜風に

私だけを老いて逝かせる気なのだね。

真っ黒い身体に死を纏わせ、愛くるしい姿を模して、

みなを虜にするんだ。黒猫とも死神とも言うがね、

私には我が妻君にしか見えないのだよ。


私は自由に囚われていたい、あゝ今はいつどき、なのだろうさ。

こっちに来るが善い、其れが正解に近い。

君の瞳は灯(とう)に腐っているのだ

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