第65話檸檬甘露

【檸檬甘露】


とてもわびしいことだろう。

「今朝方目覚めた空は昨日まで幼子だっただけに」


下界に馳せる悼み鯨の眼差し 夢魘むえんが涙を隠して暮れた

白雲の肋骨が天を囲い、枯れ白樺の腕を降る鷲震わし


深々と燃ゆる匕を握り潰さんと なくなく シクハクしている

最寄り傍らの牢獄 詰まる所 蛆虫共 うまく蝶々と唄うよに


(せめて、魔法を咥えてみよか、)

天馬は無邪気に夢騒がし 空を描けと易易、

(イクであろう。)


併し、何ということであろう。

風が訝しげにやって来て つらつらと遡る、

苦し紛れの私の、丸まった背を簡単に押すのです。


心臓の鼓動はおしゃべりで下らない毎日を急かし、

悪口ばかりがひっそりと奔る、芥 吐き棄てる世の中。

壊れた道路はオルガンを踏み引導を歌う、((おくるわのみち))


この河原で灼熱の水銀を汲み 嘆く足腰を引き摺って迄、

果たして何処へ向かうのだろうか。

老築化した鴉の群れは大概 彷徨を違え

朱の隊列を酌んでいる。


慌ただしく出番とばかりにはしゃぐ蝙蝠傘

襟を正しそぞろに歩く 大名行列のようだ


へりくだっては夜半余話(よわよわ)

天と地を作り上げ、魂は惹かれていく

神話を体現している坂道をゆく、これが私の始解


空なのか地なのか、上りなんか下りなんか

振り返らず 零れ時の流砂の行方を指折り

教えて欲しいのだ。


甘酸っぱい砂糖漬け満月は 今夜も私をほそめみる。

目に入れても痛くない大層立派だあまつぶだ

(なあ、いっとき、ひとかじりしてヨ。)


残光の瀬戸際で明い自奏者は転げそな

私の歌の内側に織る 翔ける鳥ちっぽけな果実の青い春よ


もうすぐにこぼれて終う 炙った檸檬の背骨、

丸まった紙屑みたいな、がさついた秘密の言霊。


「私だけの神様でいい」

このまま共に息果てるまで。ねえ、一緒に生きたい。

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