第53話悲願

 始まりは心臓に刺された鉛筆の影が起こす。

 夕景に侵食される卓上にすんと置かれたナイフを滑らせる。

 模造紙の皺。血管に泣き疲れた筋を作り笑いする。

 

 煩くお喋りする引き出しに媚びを売る唇を封じたい。

 内臓は折り紙付き 千羽鶴か。

 眼光に夢と希望をあげる、引き吊り下げた宇宙船に乗っかっていって仕舞った。

 

 開け放たれた廃屋に繋がれたブラウン管、底に映り込む欠片と廃線は夢を追いかけて欠け落ちした僕らの軌跡を湿す。

 天から降り出したのは紛れもなく僕であるために、此処に意識を持って佇んでいるのだ。

 

 以降、僕の姿を見た者はいない。

 

 どうせ嫌われていたのだからと周りのことなんてどうでもよかったのに馬鹿みたいな遠慮してさ、一体いくら使ったのだろう。時も金も尽きてしまえば覚悟も出来ようか、だらだらと命を食いつぶして。生きているのか、死んでいるのかなんてどうでもよくて、僕はガムシャラに筆を奔らせたのだ。

 

 赤き林檎は捥ぎ取ったまま置き去りにした。

 それは夕陽になって丘の果てに腐り堕ちた。

 香り経つ方向にふらふらを寄せられる蛾、

 

 描かれたキャンパスの酷く無様な文様、けれど僕は死してようやと億万長者だ。

 

 微動だにしない廃墟に遷る画面に録画されなきよう、探索は慎重に選び抜いた未知とも、決して後悔なきよう舟を走らせたし。

『懐には六文、お忘れなきように』

 

 この画布をご覧下さい、是が僕の総てであります。魅せられぬよう、決して目を瞑ってはいけません。

 

 見えてはならぬ者が深淵から心を潰してしまうでしょう。欲に取り憑かれずにそこそこに生きて逝けば安穏に眠りに誘われるでしょう。

 傍に居る者を大事にするが善い、人生とは魘され曳き辛かろうこともあるが、信じものが折る限り天は光と微笑むだろう。

 そこが地獄と知っても手を取り合い逝くが良い。遅かれ早かれ人は死に向かうのだから、何に置いても幸、信じれば良、なのだから。

 

 全てを捨てて楽に成れたのに如何しても何時までも僕は此処に汚物を垂らしている。首括りの僕を見て泣いてくれる者がいたが、今更気づいたところで遅かった。

 僕は愚痴のような涙を零しているけど本当は底に括られる僕の首吊り死体。

 

 助かりもしない僕は永遠に糞尿を散らして後悔を吐露し続ける。すいませんごめんなさいあのひあのとき、なんて意味の無い御託並べても、徒花は増え続ける。

 

 誰か助けてくれ。

 何時までも黒ずんだ陰は底にへばりついて同じ思いを持つ者たちの共感を得る。然し其れは共感覚を憶え自らも同じ道を辿るだろう。

 歪み僻み月日は影に隠れ怯え夥しい灰汁を泡として吐く。

 さて煮え滾る欲は何処へ向かうのか、底に老いるか天に翔けるか、彼方にはどう伝染り込むのだろうか。

 

 僕は無慈悲にも皆の幸せを願ってはいるのだ。

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