第51話 あまいろ

天色あまいろ


 甘水あまみずがぽた、ぽとん。と、天からがら。

小さな桶に移っていきます。其の度に波紋が聲を挙げ、

伝染る水面に酔った私をここに惹き、留められる。


 心地良いのか行く末を見守ろうとしていた天井の絡新婦。

 糸を張り巡らせ澄んで棲んでいる展状。

雫落吊る空は抜ける様な亜麻色で、

みるくいろの点状をやんわりと滲ませております。


 いつまでも貯まることがない中途半端な水盆。

 私は只、日がな一日中それを見つめているだけなのです。


 今日のが枯れ暗闇に落ちるその時まで、私を

なみだたせた金波銀波がそのつらを歪ませていきます。

底に何の変哲もない嘘で、なきぬれてあほらしか此処に、

呼ばれた私が、うつっていきます。



 抜け出すこともできない想像の漣と、さんざめく凪に翻弄され、

どちらつかずの波打ち際。揺蕩うが、いとおかしくいとおしい日々。

 水音だけが浸透し私を暗穏あんのんに導いていきます。


 常々おびただしく、きっかりと節目よろしく、折り目正しく、

日が暮れる頃に私の面は見えなくなる。


 必要なされ、なくなった私が、せめて。

 いちほいちほ、ひにひに。ように、お月様は

おぼろげ道を照らしてくださいました。


 光を掴み執り影に侵されない程度に少しずつ、

視界は広がるように、余羽はハネを齎します。

美しい音色だけを芳しく新雪に落としては溶けてゆく。


 解けて仕舞う。

「こよいわたしとゆき」


 私はまだここに生き続けるすべを

世界からいただけるようでした。



 すがら仄かな月明かりの中で行けるところまで行こうとの願い。

そう思えば、何故だか今まで真っ暗だと思っていた世が

なんだかざわざわざと、耳元で囁いているような気がいたしまして、

それは懐かしいの人の風でありました。


 疑う こともなく 香は漂いて、それがひどくカビ腐った緑青で、

ひたぶる、樟脳も役に立たじろく、

無用のとうに蛆まれたモノですから。


 あら あら あら はっ といふ間に、

易々ゐゐダシとれそな骨になり 代わるのでござい。


 ゆえに器の中の私が、あらわになった、芯ばかりの骨壷に、

天下転換することもそうそう、おかしくはないのかもしれぬと。


 いつかの時は緩やかに人を殺していきます。

 逃れるすべはございませんでした。


 まぁ、たんまりとでも祭りのようでも、彼方ごとのゆく末がございましょう。


 元から飽きもせず、くるくると螺旋を描いて、

くだらない言い訳を探しながら、落葉は散っていく、

ことわりなのでしょう。



 秋に飽き、好み散らして冬の雪、褥を抱く此処に個々に。

 たやすく腰をおちつけて、いじらしく憐れな実、腐葉土に浸されて、


らくにこの地をゆける。今、

 春に為れば、だれかに、地にざいた命が芽吹く時を信じ、

たれかの身も心も踏みつけられたこの思いが、いつかの春に|

かえりみることで、より美しく桜を散らすことでしょう。


 終わりも啼く始まりも亡く、生み出したモノ。


所詮膿出した塵芥の塊も、砂礫とも我歴がれきとも鳴る。

私の死海は箱舟と浮かぶ、奇怪な深音心音に等しく。

空を鼓舞している数多の小言の響きに過ぎず。


 幾年も変わらぬ心内を聞こえるままに明けの朱墨で眠りつくまで、

ことばかりかんじ、楽に落として往く日々。

とおもひでは美しゅうこと、此処で手折りてまい入りましょう。


 ゆめゆめ騙り尽くせぬ莫迦諮りの夜でございます。


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