第41話 透命灯のわななき

 私の名を呼びなさい。ならば私は底に生まれる。

 すべての無駄が終り血に沈むと、やつと天に孵る。


 曇天の天井から天地は舌足らずの声を欠け続ける。

 月と光。そのひ、減りもしない時間に塗り潰される暦、誰かれともなく拝借される鉛の名は、意図も簡単に嘘を本当と捲し立てた。

 喘ぐ様に逝った 日々 新しい私。

 アルビノの鼠のまあかな瞳はしたっきり雀の色弱をも抱擁する。何もかもが浅はかで、縋りついた夜に、身も心も日々破われ、雲をも掴むようにおぼろげで見境のない、いつかの形見のかすりすら半透明な染みを浸した。


 ひたひた偲びよる、夜の沁み、

 秋が過ぎたら私は逝くしかない。

 飽き飽きと晩秋にしたためる、文。

 ひとり机に向かう あなたはいない。

 今、いちまいちまい、命は散って、いき、ひとつひとつに 人生があり、誰がそれを受け取るのだろうが、

 とりとめもない、

 時とともに都合善く改ざんされていく記憶。私達の姿は若かりし頃も老いた時も、みんなみんなただただ寂しいだけ、と仕方哭く、泣く啼くなくなく。聞く者もいない静寂に流されるまま締まりのない思い出をつらつら、ほつれほつりと筆に乗せ終わりなく奔らせる。

 変わらない想いを、誰かにとって代わり、生かし続ける為に。


 モノ騙りはまあまあどんちゃん騒ぎ 大わらわ、楽しいやら悲しいやら 痛々しくも真新しく くるくると裏を返せば、結局、すり減らした水晶体が見つめる先は、彼岸でも悲願でもどちらとも総て ひとところに、


 堕落して、

 オトシタ チ。ワタシタチ。ドコにココにゐって。


 共に成り果て背閉めれられた。どうせ未来にしか往くことが出来ない、難儀な 今 を総べる、私、と言う自画が、大層古めかしい御殿の、マンネリの溜池に、等々。黴臭い呼吸は粗く浅くどんなにか喘いでも踠射ても、あたりまえに澱んで終い。


 其所に浮いているのか沈んでいるのか。あたかな仄暗い海、彼方と神の誕生匕、記念碑。


 なにかがだれかに、見つかってしまった。

 嗚呼、身浸かって、今 は、滔々 死んでしまったんだ。

 そうしてだれもいない。


 ほかりと空いた胸の内にすきまっ風がひうひう云う御尽き様の世。

 黒く変色した胃袋が大変満杯に、いらぬ空気を詰め込んでは苦しげに、ワラワラシながら今ここへと、辿りて腰を下ろし、彼方と鼻歌を唄う。

 ひどく広い屋敷にぽつりとひとしきり、泪は堕ちて、地は蠱毒塗れて黒ずんだ影をゆらめいた陽炎に眩まないよう、ふみとどめ、踏み漬け続ける。其所に落とすようにラクにいこうと徒然の文は弛緩した柔らな息を吐き続ける。


 終わりの見えない私という人生は、口伝、自伝、薄らいで跡形も無さそうな嘘に彩られ、なまなまし。誰かの舟に喪して思い出になり得る鈍ら噺なまくらはなしのこと。


 祖の心地よい嘘も調和しらべには、ひょうひょうと風も泣いている。うまく紡ぐことのできなかった喉笛はとうに掻き切られとても上手には見えない。ぎこちないだけの拙い唇でわなないて鋳る。


 たったひとりの喚きに過ぎない世界はより集り、まるで妖精がクレヨンで描いた子供の落書きでも、どんな小難しい哲学書より腕が立つように思えた。


 視界に収まる小さな星界は息をしているようなざわめきで散々、さんざめく燦々、光と闇の狂乱の憂鬱を視せ、何度もまあ生きゐきと往く。私もソレに倣おうと思う。

 嘘と謀りに見舞われた今ばかりの箱庭。既に過去には。

 思い出の幸箱に酔いどれの終いを識る度に、私という自我が剥がれ新たな想いを呼び起こし、新たな御霊を授かるように、時に吸い込まれ、ふてぶてしくも自らと成りうる場合も有るが、楽にはなりようもなく、積もり摘まれた。


 虚ろ瞼に添い遂げるように渇いた不協和音は落ちこぼれの歌い紡がれた人生。色も香りも彼方に届いたものの思いのモノ騙りでしかない。

 ここに姿が見えて、誰かが何かを思い、そこに私がいれば、それが私、今はもうすぐに いない。



 昼下がりカフェテラスの一角 羽根を広げたショール 美しく裂かれた薔薇の花 散らし、鳴いているよな ばらばら 慕い。

 宙に舞う青い鳥たちのさえずりはもう聞こえては こない。

 雑踏のポルカ、踊り出すだけの心が軽快に点かず 離れて ふらふら。

 私たちの陰日向は、日日、うつしたともしひ。

 薄闇に紛れて同化した、違和感の無い灯前の宵闇が露わになる。いつか、きっと、あなたもワタサレタリ。


 大好きだったのよ。

 この場所が、この瞬間が。

 ひとつ、ふたりきり 指切りしたの 離れないって約束を。

 見ていたようで気づいてはいないふりで。

 そこはかとなく

 儚く

 無限の底は澄み渡るような空のようでいて。ねえ、それでも、信じていて。欲しい。


 欲に、かろうじて繋がれたままだったこの手のひらもいつも間にやら程解けて、透けて、見えなくなってしまった。


 影はどこへでも一緒に居られるから。

 もう少しだけ付き合ってください。


 不可思議の幾何学に縁獲られた氷の欠片は、生きとし生けるものの生涯を総てネタとして拾い上げ、酔いどれの滑稽なあぶくを擦り付けた。空のcanvasは幾重にも、穢らわしい澱の檻の白を光彩に絖し見せる。

 どこかのだれかに渡されたら最期、私達は生涯を得られる。

 よくすたるもアナタ主題となりましょう。


 其の日の涙が蕩けたGrassに、溶けて解けたエガオは、空白の音をカラン とゐった。

「いらっしゃいませ」


 蒼を基調とした人生は仄暗く紅く、酔い痴れるさまざまな思いを入れ込んだcocktailに所以する。

 古民家を再生した、この洒落た店に訪れる者に幸いと災いを授けよう。

 マスターは独りごちて騙り始める。

 聞くも聞かぬも、厳かに。貼り付いた澱に侵蝕されぬよう、是非に、きをつけたし。【透命灯の旋律】

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