第35話一立方センチメンタル


 一緒ならば大丈夫だよ。

 いつかの呪いが腐らずに媚びり憑いている。耳許で容易く騙り出す。あのころの微笑みも涙も姿すら覆われた、わからないくせに、いつまでもいつまでも、共に生きている。

 波立って散々啼いた、音は届いてしまわれた。白地の硝子が隔てたけれど、そうして、時は残酷だった。


 砕いて見ようか、軽いだけのすかすかの骨、本当は糸瓜海綿ヘチマスポンジ。洗い流せなかった君の思い出を、憶測から除いてみる。できるだけ見ないように、掻き出して見ようか。


 ずっとずっと大好き。幸せで居ようね。

 心には大きな大きな穴が歪みを齎して、中から君が生きを問い架ける。死んだら独りになってしまうような気がして、生も死もどうでも良くなった時から、隣にあなたはいない。だけどひとつに成れた。とさして変わらない心に完成され寄り添う。


「愛している」の錠がふたりを繋いでいる。


 宙にいたままコトバ。海面うみづらから置いていかれて、はくはくと穢らしい膿が滲んでいる、知っているけれど見ない振りをして傷を腐らした。

 遺体。中からあおいあおい蝴蝶の夢がふわりと広がって海を作り出した。

 瞬間、循環する生命。凪ぐこともあり、泣いている様でもあり。出来上がった世界、たったふたりだけで充分満たされている、柩。

 千切り契り目合まぐわひて、天に昇華される。楔に刺去さされた、侭尽きた。

 一縷涙滴いちるるいてき、滑り落ちた前兆さが(性)。自らも瞳の奥に棲んでいたのか澄んでいるのか、昇りて狂う惨懺な陽が無情にも現れて夜が終わる。

 飛び立てず狂い咲いた。花々になれたのだろうか。


 嘘のようで、本当のような幼なじみ。それで良かったのに。旧校舎は取り壊され、やはり何も無かったかのように時は進んでいく。誰も知らないはずの過去に、置いていかれた彼方を忘れることができない。


 不意に己の瞳のソコをおんぼろなざるで掬い上げられる。誰かが傍にいて振り返る。あたりは黄昏時に揺らめいている、広い広い草原にいる事に気がついた。嗚呼何時の随も遠くまで来たようだ。おもいすべらかし、ようやと出会えそうで期待とする。駆け出している微睡みの風に今、そっと溶け出して、

 未来を連れて歩く奏多かなたを見たかったのだ。

 名を呼ばれて此処に居ることをやっと悟ったのだから。


 誰かが読んだようなありきたりの話で、でも、折れてしまいそうな線の細い名前だった。今はもう思い出せないけれど、確かに誰かが覚えていたようで、だから描き殴った筆跡は意思を持ちここにいるのだろう。風で晒された何気ない音が、朽ち果てていくノートの角で、ハラハラと風に乗る。


 涙を流すことのなかった満天の星々は、お日様の元で還り着いた。

 そうして明けの明星は道の先で踞る。躓いたわけでもなくてただ、疲れてしまっただけ。ここは砂漠のオアシスらしい。と一息つきたくもなった。

 ホコリだらけの見てくれでは、居心地が悪くて仕方がない。けれど、地上に咲いた芥子の花がゆらゆら視界にちらついているから、その首は三又に分かれ、いっとう、奇妙な炎を吐いた。

 小さくも可愛らしいケルベロス。底なし穴の魂。


 ねえ、聞いてくれる? 想像上の生き物を捕らえたんだよ。

 声はため息を乗せて感情に届いた。屹度そうであると信じていれば、今、此処に生まれてくる物語となる。

 そんなこと、知ってるよね。

 手のひらをそっと開くとひとかけらの匣。その中に見え隠れするのは光の吐露。反射して毒素をいた甘いだけの日々、これ罅我しが覗く。真実は自画で遭っても、角砂糖のような白銀を私に透かして魅せる。

 甘美なものが詰まった、馨しい今の詰まったハコ。


 底は一立方センチメンタル。心に寄せては返す なんだか 、解け残った21gだけがとてもとても重たかった。

 ただただ雨上がりの憧憬に過ぎない。蟻が集った白い匣がほろり、解け遺る、ゆめゆめ。

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