第6話 王立アルカバス魔法学院
「ちょっ、ちょっと待って!?」
「こ、これはジュノス様に使えるメイドとして当然の仕事なんです……よっ!」
レベッカに起こされて目が覚めた俺は、入学式に向かう準備をするため、彼女に一度退出してもらうように言ったのだが、お着替えをお手伝いすると言って聞かないのだ。
「ひ、一人で着替えられるからっ!」
「これは私のお仕事何ですよっ!」
「そそ、それは十分理解している!」
「なら、早く脱いで下さいませ!」
「嫌だ! 着替えくらい一人で出来るんだよ」
さすがにおっさんが15歳の娘さんに着替えを手伝ってもらうなど、あっていいはずがない。
つーか、何よりおっさん恥ずかしくてショック死してしまうわッ!
どんな羞恥プレイだよ!
押し問答の末、何とかレベッカを部屋から追い出して着替えを済ませた。
シンプルな白いシャツとネクタイに黒のパンツ、それに漆黒のローブ。
なんか……コスプレみたいで恥ずかしいな。
プラチナブロンドの髪と碧眼には合っているように思えるが、如何せん少し尖った耳がコンプレックスだ。
姿見に映った自分自身を見つめ、改めて設定を思い返していた。
確か、主人公ジュノス・ハードナーは人間種である父と、ハーフエルフである母との間に生まれた設定だったかな?
つまり、少し尖った耳はクォーターのせいか。
どうせならエルフみたいに堂々と尖ってくれていたら良かったのに……申し訳なさ程度に尖っているから却って目立ってしまう。
着替えを終えて部屋を出ると、レベッカが鼻息荒く待ち構えていた。
一週間以上レベッカと一緒に居るけど……こんなキャラだったかな?
最初はもっと大人しかったというか、俺に対して警戒心があったような気がしたんだが、人の慣れと言うのは恐ろしいな。
一週間一緒に居たことで、俺に慣れてしまったのかもしれない。
それはとても良いことなのだが、如何せんちょっと積極的過ぎるというか……なんというか。
ただでさえおっさんが年端もいかない少女と一つ屋根の下で同居しているというこの状況、ここが日本だったら捕まっているところだ。
ムラムラを抑える俺の身にもなってもらいたい。レベッカには男は野獣なのだということを教え込まなくてはいけないな。
娘を持つ父親が子に対して、過度な心配をしてしまう気持ちが二度目の人生にして何となくわかってしまった。
「美味しいですか? ジュノス様♡」
「う、うん。と、トテモオイシイナー……」
「うふふ♡」
朝食を摂っているのだが……やはりレベッカの様子が今朝からおかしい。
昨夜部屋に戻るように言ったのが不味かったのかな?
だけど、おかしなことを言った覚えはないし、寧ろ真面目なことを言ったつもりなのだが……。
「さてと、入学式に遅刻する訳にもいかない。そろそろ向かうか」
「はい。では、すぐに馬車の御用意を致しますね」
普段はとても良い子なんだよな。
と、レベッカの後ろ姿に見とれていると、
「やべッ!」
重大なことを思い出してしまった。
今日の入学式で、魔法学校の理事長から新入生代表のスピーチを頼まれていたんだった。
「参ったな」
すっかりスピーチのことを忘れていて、何も用意していない。
そもそも前世でクズニートだった俺が、人前でスピーチなんて無理ゲー過ぎる。
でも、一応リグテリア帝国の王子何だから、これくらいはしとかないと面目が立たないもんな。
学校に向かう車内で話す内容を紙に書き留めるが、そもそも何を話せばいいのかまるでわからない。
どうしたもんかと窓に目を向けると、新入生と思われる各国の貴族や王族を乗せた馬車が同じ方角に馬を走らせている。
「凄い数だな」
車体にはそれぞれの国を示した国旗が取り付けられており、それが風に揺れる度に圧巻の光景を作り出す。
「あっ、あれは!」
真っ白なユニコーンをモチーフにした国旗――間違いない、アメストリアの国旗だ。
ってことは、
「やっぱりな」
窓から見える純白の馬車。高価な装飾が施されたそこには、レイラ・ランフェストの姿があった。隣にはエルザという女剣士の姿も確認できる。
窓からレイラ達を眺めていると、不意に彼女と目が合う。
愛想笑いを浮かべながら軽く会釈をするが、ふんっという具合に見事なドリルを手で払い退ける。
すると、今にもビヨヨヨ~ンと音が聞こえて聞こえて来そうなほどドリルが愉快に跳ねている。
そのままレイラ達を乗せた馬車は速度を上げて遠ざかっていく。
俺は余程レイラに嫌われているらしい。
まっ、無理もないか。
昨夜レベッカから教えられた領土契約や貿易法を知ってしまえば、彼女の態度も当然かもしれない。
時間はたっぷりあるんだから、焦らずじっくり何とかしていくしかないな。
目的地に馬車が到着して、何気なく降りると……真っ先に飛び込んできたのは足元に敷かれた真紅の縦断。
「え……?」
なにこれ? と、顔を上げれば、真っ赤な絨毯の両サイドに喜色満面の大人達が綺麗に整列している。
「ようこそお越し下さいました、ジュノス殿下!」
「我々、王立アルカバス魔法学院教師一同、ジュノス殿下とお会いできるこの日を、心よりお待ちしておりました」
なんか……随分目立っていないか?
これから同級生になる者達の視線が痛いくらい突き刺さる。
それが何とも言えない気持ちを生み出し、俺はついつい萎縮してしまう。
「さぁ、こちらへ」
物腰が丁寧な老人。
白いローブに身をまとった姿はザ・魔導師と言った感じで、長く伸びた真っ白な髭と髪が威厳めいたものを漂わせている。
おそらく見た目からして、この方が魔法学校の責任者――ゴーゲン・マクガイン理事長であると思われる。
理事長先生と思わしき人物に先導されて歩き始めると、先程以上に冷めた視線が突き刺さっていることに気がついた。
ふと周りを見渡してみると、なぜかみんな今にも俺を呪い殺してしまうんじゃないか……と、錯覚しそうな視線を向けてくる。
時折舌打ちも聞こえてきて、何だか居た堪れない気持ちに胸が軋む。
同時に思い出したくもない前世の記憶がフラッシュバックし、つい足元がフラついてしまう。
「大丈夫ですか、ジュノス様」
「すまない、レベッカ」
フラついた体をレベッカが支えてくれたお陰で、何とか転けずに済んだが、何でみんなそんなに冷たい目を俺に向けるんだよ。
俺はもう、あの頃の俺じゃないのに……。
「当然よ! 世界の厄介者、あんたは悪魔の一族何だから!」
声の主はレイラ・ランフェスト。
彼女の視線は特に冷たかった。
昨日のことを謝罪しようと思い、声をかけようとしたのだが、理事長先生達の手厚い歓迎を受けて、その機会はお預けとなった。
いや、接触を遮られたと言った方が正しい表現なのかもしれない。
理事長室に通された俺は、ソファに腰かけてアールグレイを傾ける。
どこに行ってもアールグレイが出てくるのは……大臣の根回しか?
何て勘繰りながら喉を湿らせると、
「非常に申し上げにくいことではございますが、ジュノス殿下には特別学級と題しまして、お一人のクラスで学んで頂いた方がよろしいかと?」
理事長室にやって来て一声目、一人だけのクラスに隔離すると理事長から告げられた。
もちろん、せっかく学舎に来たのにそれはないだろうと断る。
「え……何でですか? 皆と一緒に学べないのですか?」
「それは……その、ですね」
なんとも歯切れの悪い理事長。
「今年は特に、その……」
「何ですか?」
「各国の王族方が入学する予定でごさいまして……単刀直入に申し上げて、ジュノス殿下に不快な思いをさせてしまうかもと……ですね」
なるほど。昨夜のレベッカの話しを考慮すると、帝国はアメストリアだけではなく、他国にも無茶苦茶な条件を突きつけているのだろう。
ならば尚更、ここで引き下がる訳にはいかない。
俺は学園生活を通して、彼らと信頼関係を築かなければならない。その中で、互いに幸せになれる道を模索しなければならないのだから。
いじめられるのが怖いからという情けない理由で、大の男が背中を向けることなどあり得ない。
俺は見た目は15歳でも中身はおっさん。その名も名探偵って……違うか。
とにかくピンチはチャンスなんだから、俺も皆と同じクラスで授業を受ける。
「そうですか……殿下がそこまで仰るのでしたら……。それではホールへと参りましょう」
おっ、いよいよスピーチか!
何も考えていないが、ノリで乗り切るしかないな。
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