第5話 side レベッカ
私の名前はレベッカ・サスカ。
幼い頃に両親を事故で失い、孤児院で育った。15歳になったと同時に孤児院を追い出されてしまった私は、院長の紹介状を片手に王宮見習メイドとなった。
いくら院長の紹介状があるとは言え、孤児院出身の私が王宮に仕えることなどあり得ないと思っていたけど、実際は孤児だろうがなんだろうが容姿さえ良ければなんでもいい。
と、言うグゼン・マルスロッド様の一言で、私は見習いメイドとして王宮にお仕えすることとなった。
随分と軽いノリなんだなーと……有難いと思ってメイド長に色々と指導を受ける中でわかったこと。
それは、メイドとは名ばかりで、早い話しが殿方の夜のお世話をすることが最重要だと教えられた。
とは言っても、私はまだ見習いだから殿方のお世話をすることはしばらくない……はずだった。
それはある日突然やって来た。
メイド長に呼び出され、メイド室に入ると、そこには大臣、グゼン・マルスロッド様が大きな笑い声を響かせてソファに腰かけて居られた。
「いやー、ジュノス王子はとにかく素晴らしい! 国を思い、自ら魔法学校に通われると言うのだからな」
「さすがはジュノス王子でございますね」
と、愛想笑いを浮かべるメイド長。グゼン・マルスロッド様や貴族方の間では、この国の第三王子、ジュノス・ハードナー殿下の評判はすこぶる宜しいが、メイド室での殿下の評判は最悪。
立場を利用して多くのメイドを夜な夜なベッドに招き入れ、淫らなことに熱心だと言う。まぁメイドは殿方の夜伽のお相手をしなければならないので、それは仕方のないことなのだけど、いくらなんでも節操がないとメイド達からは皮肉を囁かれる始末。
「それでメイド長、私に何か御用でしょうか?」
「ええ、あなたはまだ見習いだから、ジュノス殿下とは面識はありませんよね?」
「はい、それが何か?」
「おおお! 素晴らしい!」
私が第三王子と面識がない、そう聞いたグゼン様は瞳を輝かせて、ソファをポンポンと叩いている。
隣に座れと言うことでしょうか?
さすがに大臣であるグゼン様のお隣に座るのは気が引けたので、向かいで膝を折ると、
「ええーい、そのような堅苦しいことはしなくてよい。いいから横に座るのだ」
「そ、それでは失礼致します」
隣に座った私の顔をまじまじと覗き込み、次いで体を舐め回すようにじっくり観察する。
「顔よし、体型も素晴らしい! これならジュノス殿下もさぞ喜ばれるだろう。あはははは!」
「それはよう御座いました! 良かったですわね、レベッカ」
「は?」
一体メイド長とグゼン様が何を仰られているのかさっぱりわからなかったけど、すぐに説明して下さった。
何でも第三王子ジュノス殿下は、これから学園都市ポースターに住まれ、魔法学校に通われると言う。
そこで、ジュノス殿下に仕える選りすぐりのメイドを同行させようとしたのだか、なぜか断られたらしい。
しかし、身の回りのお世話をする者が誰も同行しないのはさすがに不味いと説得し、一人だけ同行を認めてもらえたと言う。
けど、その条件がなんとも不思議なものだった。
何でも、ジュノス殿下は自分と面識のある者以外なら一名同行者を認めると仰ったのだ。
そこで、白羽の矢が立ったのが見習いメイドになったばかりの私と言うことらしい。
つまり言葉は悪いが、私は殿下の生け贄に捧げられてしまった。
「よし、それじぁポースターに向かって行くとするか!」
御者に向かって元気よく声を上げるジュノス殿下とは違い、私は憂鬱な気分で馬車に乗り込んだ。
まさか初めてが馬車の中……なんてことは……と、一抹の不安を必死に隠そうと表情筋に力を込める。
だけど、馬車に揺られること一週間、ジュノス殿下は私の体を求めるどころか、指一本、決して触れることはなかった。
それどころか、初めて馬車に乗って酔ってしまった私を気遣って下さる紳士だったのだ。
なんか……聞いていた人柄と随分違うな~と、不思議に思いながら街に入ると、殿下は関所を抜けてすぐに馬車から降りた。
何でも、ここから歩いて一人でグゼン様が御用意されたお屋敷に向かわれると言う。
お屋敷のお掃除を一人でしなければいけないことを考えると、これはラッキーと思いながら、私は一足先にお屋敷へと向かった。
「嘘でしょ……」
いくらなんでもこれはない。
お屋敷は私が想像してた以上に大きくて、とてもじゃないけど一人で掃除なんてできる訳がなかった。
「し、仕方ない……。とりあえず殿下の目に見える範囲だけを重点的に綺麗にし、あとは数日かけてやるしかないわ!」
殿下がお屋敷に来てしまうまでの僅かな時間で掃除をして、すぐにお食事ができるように料理をする。
時間がなさ過ぎて
急いで出迎えると、殿下は優しく微笑んでくれる。
「一人で大丈夫? いくらなんでも広すぎるよね? 手を抜けるところは手を抜いてくれて構わないよ。掃除なら俺でもできるから手伝うしさ!」
「い、いえ!? それは困ります!」
「う~ん、それもそうか。じゃあ、何か手を考えないとね。レベッカ一人に頼りっぱなしって訳にもいかないし」
違い過ぎる。いくらなんでも聞いていた殿下の人物像とは180度真逆! どういうことなの?
いまいち意味がわからない中、精一杯作った料理をテーブルに並べていくと、
「ん? レベッカの分は?」
「はい?」
「いや、だからレベッカの分だよ!」
「お、お言葉ですが殿下! 私は使用人であります。殿下と同じテーブルでお食事をするなど……あってはいけません!」
「食事ってのは皆で食べるから美味いんだよ。それに、一人で食べるのはちょっとな……一緒に食べてはくれないかい?」
「は、はい……ご、ご命令とあらば……」
ま、まさか、私の人生に置いて王子様と一緒に食事を摂る機会が訪れるなんて……メイド長にテーブルマナーを叩き込まれて本当に良かった。
メイド長に感謝だわ!
「あ、あの……お口に合いますでしょうか?」
正直、料理に関しては自信がない。孤児院時代は下の子達の食事を作っていたものの、王宮で料理長が作るものとは天と地ほど差がある。
お口に合わなかったらどうしよう……。
「うん! とっても美味しいよ! このカボチャのスープなんて懐かし過ぎて泣けてくるよ!」
ハッ……!? 私の料理を食べて泣いてくれている。
てっきりこんなもの食えるかッ……てな具合でお怒りを貰うことも覚悟していたのに……。
ますます聞いていたお人柄とは違いすぎて……もう理解が追いつかない。
食事を終えられた殿下は自室に戻られた。
次は食後のティータイムの準備をして……そのあとは……。
「ハッ!? 汗臭かったらどうしよう!?」
私は急いで髪を結い、サッと体を布で拭いた。これから殿下と一夜を共にするのに、汗臭い女だと思われたくはない。
下着も純白の方が殿方からウケがいいとメイド長から教わっていた。
急いで下着を穿き替えて、バーカートにティーセットを乗せ……いざ殿下の元へ!
バーカートを押す手が微かに震えてしまう。殿下はとてもいい方だけど、やはり怖い。
だけど、私はプロのメイドなのよ! 殿下とベッドを共にすることも仕事なの!
そう、これは仕事……感情を捨てればいいだけのこと。
大丈夫、きっとやれるはず。
殿下の部屋にやって来た私は、メイド長から聞いていた殿下の好きなアールグレイをご用意する。
すると、殿下が神妙な面持ちでアメストリアと帝国の歴史について教えて欲しいと言ってきた。
殿下なのに……御自分のお国の事情を把握していないのかと少し疑問に思ったけど、私はすぐに意図を理解した。
これは殿下の試験なのよ!
殿下は私がどの程度情勢に詳しいか試している。王宮に仕えるメイドとして、ちゃんと国を思っているか調べているのね!
私はできるだけ知っていることを答えた。もちろん、ちゃんとした勉強をしていないから、細かいことを突っ込まれてしまえばメッキが剥がれてしまうけど……殿下は満足そうに頷いておられた。
お茶のお代わりを殿下に尋ねると、もういいと言われてしまう。少しでも時間を稼ごうとしたのに……。
「では、就寝されますか?」
「そうだね。明日は入学式だし、そろそろ寝ようかな」
き、来た!?
遂にこの時がやって来てしまった。
私は震える手を必死に抑え、衣服を脱いでいくと、
「てっ、何してるのレベッカ!?」
「へ……? 何って……脱いでいるのですが?」
おかしなことを聞く殿下だと首を傾げながら、私はいつでも準備万端だと伝えた。
「ジュノス様の身の回りのお世話をするように言い付かっておりますので、もちろん夜伽のお相手もするようにと」
だけど、殿下は長くて綺麗な睫毛をパチパチと鳴らし、慌てたご様子で言葉を紡ぎ、無闇に男性と閨を共にするものじゃないと口にする。
私は驚きと恥ずかしさのあまり、訳のわからないことを口走ってしまう。
「わわわ、私そんなに魅力がないですかっ!?」
このままではメイドを首になってしまう。そうなれば路頭に迷ってスラムに放り出されてしまうことになる。それだけは絶対に嫌ッ!
慌てた私は殿下に抱きつき、何とかベッドを共にさせてもらおうと懇願したのだが、殿下は優しく微笑むと、着ていた御召し物をサッと肩にかけて下さった。
そのまま隣に座らせてくれて、私の手を優しく取って下さる。
誰かに言われたから俺と閨を共にするのは間違っていると言いながら、殿下は御自分のハンドクリームを私に塗って下さる。
白くて長い指先はとても綺麗で、私のカサついた手とはまるで違う。
その手はこれまで出会った誰よりも優しくて、張り詰めていた心の糸が解けるような感覚。
両親を失ってからの私は常に孤独だった。
誰からも必要とされない私は、生きていも仕方がないと何度も死を覚悟した。
だけど、実際に死ぬことは出来ない。どうしても恐怖が勝ってしまったのだ。
王宮に仕えてからも不安が消えることなんてなかった。
いつ捨てられるかもしれない恐怖と戦い続けて来た。
でも、この手は違う。
幼い頃に両親に手を引かれて歩いた畦道、ずっと欲しかった温もりがここにはある。
それは暗闇の中で迷子になってしまった私に、陽だまりが射し込んだ瞬間。
もう二度と出会うことはないと諦めていた人の温もり――その優しさに涙がこぼれ落ちてしまう。
殿下の前で泣いてしまうなんてダメだとわかっていても、一度栓が切れた涙は止まってくれない。
「ごんなに、やざじぐされだのは……はじめででず」
「えっ!?」
「わだじ、ごじで、ずっと一人だっだがら……」
意味不明な言い訳を並べる私に、殿下は「頑張ったね」と優しく頭を撫でてくれる。
――ボッ!
その手で優しく撫でられた瞬間、涙は止まり、体中が噴火したように熱を帯びていく。早鐘のように鳴り響く鼓動を止める術を私は知らない。
高鳴る鼓動を抑えきれないまま、殿下は自室で休むように言い。
私は一言……「はい」とだけしか答えられなかった。
涙を拭い、殿下にこれ以上気を遣わせてはいけないと、精一杯の笑顔で部屋をあとにした。
部屋を出てすぐに、私はドアにもたれるようにして座り込む。いや、脚に力が入らずプルプルと震えてしまうのだ。
「何なのこれ……胸が、息が上手く出来ない」
だけど、それは嫌な感じじゃない。寧ろ心地いいと言える。
頭の中には優しく微笑んだ殿下の顔が浮かび上がり、その度に胸が締め付けられていく。
「今日は……素敵な夢が見れそう」
ポワポワとする頭のまま立ち上がり、フラつきながら私は自室に戻った。
「早く……朝が来ないかな?」
早く殿下に会いたい。
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