第7話 スピーチ
「――とまぁ、儂の話しはこれくらいにして、新入生代表の挨拶をリグテリア帝国第三王子、ジュノス・ハードナー君にしてもらうとするかの」
オペラハウスのようなホール内に、ゴーゲン・マクガイン理事長の威厳に満ちた低音ボイスが響き渡る。
理事長に呼ばれた俺が席を立つと、それまで厳かな態度で話しを聞いていた者達がざわめいた。
訝しげな眼差しが一斉に向けられ、まさに蛇に睨まれた蛙のように、俺のチキンハートは震え上がってしまう。
カクカクと機械音が鳴ってしまいそうなほど緊張した俺が壇上に上がると、理事長は鼻先に乗せた眼鏡の隙間から、慧眼を向けてくる。
小さく頷いた理事長に促されるまま、教壇に立った。
ゴーゲン・マクガイン理事長の時とは違い、畏敬の念も尊崇の念も一切感じられない。寧ろその逆、侮蔑的な態度が嫌でも視界を覆い尽くしていく。
これが今の帝国と他国との関係か……。無理もない。
彼らからすれば言葉は悪いが、帝国は植民地支配を続ける悪魔のような存在なのだ。
その帝国の王子である俺は、彼らからすれば憎き宿敵となる。
「初めまして、ゴーゲン・マクガイン理事長より紹介に預かりました、ジュノス・ハードナーです」
静まり返るホール内。
「……。単刀直入にお聞きします。私のことが嫌いですか? 挙手でお答え下さい」
突拍子もない俺の言葉に、顔を見合わせて困惑する者達。俺の背後に控えていた教師陣も、何を言い出すのかと戸惑っていた。
そんな中、堂々と挙手をする者の姿。レイラ・ランフェストの姿だ。
真っ直ぐ一点を、俺だけを見つめるその眼は敢然としている。
だけど、不思議と嫌な感じは一切しなかった。
アメストリアのお姫様が挙手をしたことで、会場内の9割りに及ぶ者達が一斉に挙手をする。
手を挙げなかった1割りの生徒はおそらく帝国出身者だろう。
「とても素晴らしい」
予想外の言葉だったのか、誰もがポカーンと半口を開けて俺を見据える。
「皆さんの偽りのない意見を聞けて素直に嬉しいです。ここ、王立アルカバス魔法学院に入学を決めたことは間違いではありませんでした。きっと皆さんは今、こう思われているはずです。一体帝国の王子が何しにここへ来たのだろうと」
微かに頷く者や鼻で笑う者、反応は様々。だけどそれでいい。
最悪を回避するためには、先ず第一に敵を知らなければならない。
俺が直接彼らの元に訪れ本音を聞き出そうとしても、きっと彼らは吐露することなく、口ごもってしまうだろう。
だけど集団心理の中なら、人は臆することなく本音をさらけ出せる。
人と仲良くなる方法、それは本音を知ることから始まる。
心に分厚い扉を作った者と仲良くなることは困難だ。
その扉の鍵を見つけ出すこともまた困難。
だからこそ、レイラ・ランフェストという強い意思を持つ者を鍵にする必要があった。
前世でプレイしていたゲームの中で、帝国を破滅に追いやった張本人。彼女ならきっと臆することも、迷うこともなく手を挙げると信じていたよ。
嫌な信頼関係だけどね。
「今、手を挙げてくれた者とは友達になれそうだ」
「は? あなたとお友達になりたいと願い出る者などここには一人もいませんわ!」
レイラは余程俺に興味があるのか、よく響くホール内に彼女の透き通った声が反響する。
「果たしてそうだろうか? 今私のことが嫌いだと挙手をしたすべての者は、私個人が嫌いなのではなく、リグテリア帝国が嫌いなのでは?」
「だったら何だと言うのです!」
「それは裏を返せば、自国を愛しているということだ。私も自国を愛している。しかし、この世界で共に暮らすすべての者を愛しているのもまた事実。互いにより良き国を、世界を作ろうとする同志なら、話し合うことが可能ではないだろうか? 幸い、私達はここで共に学ぶ学友なのだから、剣を取り合うよりも先に、話しをする機会が沢山あると私は考えている」
「話してどうにかなる問題でもありませんわ! 話し合いで解決するならアメストリアはとっくにッ」
「話したのかい?」
「え……っ!?」
「先代達は信頼関係を築き上げ、その中で身分や国家間を越えて、心から話し合ったのかな?」
薄唇を噛みしめるレイラ。
「私の認識が正しければ、リグテリア帝国現皇帝であり、私の父、サマストラ・ハードナーと交渉のテーブルに着いた者はいないと認識しているが?」
「それは……」
「ではなぜ、これまで先代達は交渉のテーブルに着くことさえ出来なかったのか。それは、帝国が傲慢だったからでしょう。もし先代達が傲慢ではなく、皆さんと同じように学校に通い、共に学んでいれば友誼を結んでいたと私は信じています。だから、私はここへ学びに……いえ、あなた方と良き友人になりに来たのです」
皆、真剣な顔つきになっている。
この場に居るのは各国の王族はもちろん、何れ祖国の礎となる若き担い手。より良き国に改革しようと志す者なら、俺の話しに興味を示さない者などいるはずがない!
とにかく、彼らの意識改革をすることが最悪を回避する一番の近道なのだから。
「腹を割って話しをしよう! 私も……いや、俺も皆と腹を割って本音で話しがしたい! 俺は恥ずかしながら無知だ。一人では帝国を……世界を変えることはできない。だから、皆さんの知恵とお力をお借りしたく、ここへやって来ました! どうか、どうか俺に世界を変えるチャンスを下さい!! 誰もが手を取り、笑って暮らせる世界を見て見たいのです」
響き渡る大声が残響し霧散していくと、あちこちから様々な反応と声が返ってくる。
「世界を変える?」
「私達の力で?」
「そんなこと可能なのか?」
「どうせ温室育ちの戯れ言だろ?」
「不可能だね」
「だけど、試す価値は大いにあると思うの」
「あんな奴の言葉を信じろと?」
「あれは悪魔の一族だぞ?」
「でも、彼は変えたいと本気で願ったからここへやって来たのよ!」
「確かに、今までの帝国とは少し違うよな」
「騙されるな! 帝国はああやって他国を洗脳するつもりなんだよ!」
どれほど言葉を並べようとも、これが今の現状だ。信じてくれと言ったところで、はいそうですかと信じる者などいない。
それは領土契約や貿易法と言った様々な事柄が、長い年月をかけて彼らに不信感を与え続けたせいだ。
悪いのはすべて帝国であり、彼らは何も悪くない。
「想像して欲しい! 見渡す限りの草原に小さな丘、その先には何が広がっている? 血で血を洗う赤き炎か、はたまた枯れ果てた大地に立ち尽くす多くの人々か? いや、違う! そんなことは断じてあってはならない! 願わくば手を繋ぎ、途方に暮れる者に手を差し伸べられる……そんな優しい世界であって欲しい。なら、それはいつ訪れる? いつ俺達は目にすることができる? 誰がそれを見せてくれる? 未来を変えることのできる者は既に集まっているじゃないか! 今すぐに俺を信じてくれとは言わない。だから、俺と話しをして、少しずつ互いを理解し合い、皆であの丘の向こう側を見に行こうよ! そこにはきっと、
静まり返るホールに、理事長先生の小さな拍手が木霊する。
その音で我れに返った俺は、一気に羞恥心が込み上げてくる。
ぬおおおおおおおおおおおおおおおっ!?
興奮して何言ってんだよ俺! だから前世でクズニートな俺が人前でスピーチなんて出来る訳なかったんだよ!
顔が熱くて赤面していることが嫌でもわかってしまう。穴が有ったら入りたいとはこのことだ。
トボトボと壇上から降りようと歩き出すと、
「え……っ!?」
疎らだが、手を叩く者達がいる。拙い言葉だったけど、俺のバッドエンドを回避しようとする者達がいてくれる。
その中にはレイラの姿もある。凄く不服そうな表情で、決してこちらを見ようとはしないけど、一応拍手をしてくれていた。
そして、気になる生徒がもう一人。
褐色の肌の王族らしき少年。じっとこちらを見据える少年と目が合うと、微かに鼻で笑われてしまった。
疑問符を浮かべながら首を傾けてみたものの、とりあえずホッとしたというのが率直な感想だ。
俺に何が出来るのかなんてまだ何もわからないけど、確かな一歩を踏み出せた感触はある。
小さ過ぎるこの一歩目を、いつか誇りに思える日が来るといいな。
そして、これが俺の最悪を回避する足掛かりになればいいと願うよ。
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