第9話 ヴァイオレットノート


「これよりディヴェルティメントは浮遊区画へと進路を取る!」

 アグリオスの宣言がブリーフィングルームに木霊する。緊張感が皆を包み込む。いよいよ最終決戦が始まろうとしていた。モニターに映し出される浮遊区画の姿。それはまさしく空飛ぶ島だった。普段から飛んでいるノートやディヴェルティメントに乗っているメルカでさえその光景に現実感が追いついていなかった。

「あれが浮遊区画……いくら時空変異を応用したからってあんな巨大な島を浮かべられるものなの……?」

「それほど強大な相手という事だ……覚悟してかかれ」

 エウルの冷静な言葉。その面は強く引き締まっていた。

「大丈夫、メルちんとノートならきっと勝てるよ。アタシ達もついてる」

「あはは、いつの間にか中心になってる……」

「それほど重要な存在になったという事だジョーカー」


 緊急事態を知らせるアラートが鳴り響く。モニターにいくつかのマークが表示される。

『浮遊区画より敵機襲来! 繰り返す浮遊区画より敵機襲来!』

 管制室からの通信。全員が格納庫へと急ぐ。たどり着いてすぐさまノートに乗り込むメルカ。

「クリュメ。出し惜しみは無しでいくよ」

『了解しました』

 各機が発進する。といっても飛行能力のもたないシャウトはディヴェルティメントの甲板にて応戦するしかないのだが。

 そしてメルカが空中に躍り出る、そこで目にしたのは驚きの光景だった。


新星のキールの『キャロル』

砲戦のブラドーの『マーチ』

猛将バークの『カノン』

惨謀のトイファの『エレジー』


 全て今までメルカが撃破してきた敵達だった。

「嘘でしょ……だってバークは死んだはずじゃ!?」

『それより目の前の脅威に集中しろ! 全員まとめて相手してたらお前でも勝ち目は無いぞ! 各個撃破しろ!』

「そんな事言ったって……クリュメ!」

『決戦形態、ヴァイオレットノートを推奨します!』

「パターン移行!」

『了解! システムオルフェウスをヴァイオレットパターンへと移行します!』

 流線型の機体が武装や推進装置に包まれていく、その紫の機体は武骨ながらノートの面影を残した力強いフォルムをしていた。

 推進装置が火を噴く。高速で移動するヴァイオレットノート。マーチの壁のような弾幕が飛んでくるのをあっさりと躱してみせる。カノンの超巨大な光剣が迫る。腕を振るう。するとどうだ。ヴァイオレットノートの手から伸びたレーザーブレイドが光剣を受け止めてみせる。しかしそこに渙発いれずにエレジーの爆撃が飛んでくる。ヴァイオレットノートはそれをもう片方の手に持つライフルで全て打ち抜いてみせた。そしてキャロルが迫る。光剣を弾き、弾幕を抜け出したヴァイオレットノートはそのままキャロルをレーザーブレイドで切り捨てた。


「これが・・・・・・ヴァイオレットノート……はぁぁ……」

 凄まじい疲労感、一気に情報を処理して脳に負荷がかかったような感覚。まだ指揮官機が三体残っている。そこにシャウトからの援護射撃が飛んでくる。その弾幕に鼓舞されて先を急ぐ。

「この先に兄さんがいるんだ……どけぇぇぇぇぇ!!」

 何故そう思ったのかは分からない、しかし浮遊区画の近くに来て確信めいた感情をメルカは抱いていた。

 ライフルでエレジーの翼を打ち抜こうとするメルカ、しかしそこをカノンに阻まれる。さらにマーチの弾幕。なかなか浮遊区画に近づく事が出来ない。

「邪魔するなぁ!!」

『メルカ様! 冷静に! ヴァイオレットノートは身体にご負担が・・・・・・!』

 メルカは聴く耳を持たない。一心不乱に戦い続ける。


『ジョーカー! ここは俺達に任せてお前だけでも行くんだ!』

 アグリオスのその言葉にハッっとする。しかし。

「そんな事出来ない! 相手は指揮官機なんだよ!?」

『一度相手にしたヤツらだ。俺達でも十分に対処出来るさ! そうだろ皆!』

『あったりまえ! メルちんのためなら指揮官機の一体や十体、平気で落としちゃうよ!』

『姉御に強くなった所見せるっす!』

『同じ釜の飯を食った仲間が信用出来ないか?』

『お前は自分の為すべき事をするがいい!』

「皆……! ありがとう!」

 しかしこの場を切り抜けるにはどうすればいいか。ブルーノートでも限界があるメンツだ。

『メルカ様、ライトノート形態を推奨します!』

「最後まで信じてるわよクリュメ!」

『了解! システムオルフェウスをライトブルーパターンに移行します!』

 流線型の機体に戻るノートしかしそこに武装は無く手足も尖り人型ではなくなっていた。

「この形態の能力は?」

『ワームホールを形成し場所を移動します! これならこの場を離脱出来ます!』

「ワームホール……いよいよ時空が歪んで来たわね……」

 早速ワームホールを出現させる。その穴に入ろうとしたところをカノンに邪魔されそうになるがシャウトの援護射撃がそれを防いでくれた。

「みんな行ってきます!」

『『おう!』』


 浮遊区画の内部に入り込む、外から見た時は緑の生えた空飛ぶ島だったが内装は人工物そのものでディヴェルティメントの中と大差ない。強いて言うならスケール感が違うくらいだろうか。浮遊区画の方が明らかに大きい。

 ノートを通常形態に戻す。その時だった。目の前に機影が現れる。

「新手……か」

 手に汗握る。レバーをしっかりと握り込む。ビームハープを抜く。

『道化の『レゾナンス』、参る』

「!?」

 想いが確信に変わった瞬間であり、希望が絶望に変わった瞬間でもあった。

「兄さん!? どうして!?」

『戦えメルカ……! お前の運命に決着を付ける時だ……!』

 わけも分からず戦いは始まってしまう。ボルロットのレゾナンスもビームハープを抜いた。レーザーの弦と弦がぶつかり合う。

「兄さん! 正気に戻って!」

『俺は正気だとも・・・・・・これが真実だメルカ』

 ビームハープを弾いて斬撃を飛ばす、しかしあくまで牽制だ。兄に向かって攻撃を放つ事が出来ないでいた。

「真実って何!? 私っていったいなんなの!?」

『俺を倒して、その先にある真実を見ろメルカ……どの道、俺を倒せなければ彼女には勝てない』

 メルカは沈黙した。その間にもビームハープ同士がぶつかり合い、弦をつま弾いて斬撃が飛んでいく。メルカの眼にはっきりとした意思が宿る。

「クリュメ、ヴァイオレットノートに移行!」

『ですがメルカ様! お身体に負担が!』

「いいから!」

『……了解、ヴァイオレットパターンに移行します』

 再びの決戦形態、推進装置による高速移動。レゾナンスはそれに付いてくる事が出来ない。レーザーブレイドの一撃を見舞う。レゾナンスの腕が千切れ飛ぶ。さらに追撃でライフルを放つ。もう片方の腕も撃ち抜かれる。

「もう終わりよ兄さん」

『そのようだな……』

『ああとても残念だとも

 レゾナンスが背後からの攻撃に撃ち抜かれた。

「……………………え?」

 撃ち抜かれたレゾナンスは地面に倒れ伏す。


『よくぞここまで来たと言っておこうか』

「お前……お前……兄さんを、兄さんをよくもおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 レゾナンスを撃ち抜いた機体は色こそ漆黒だったが、姿かたちはノートに瓜二つだった。

「自分の兄さん……?」

『まだ気づいていなかったのか? ここまでくれば私ならば気づくと思ったが、どうやらまともに教育を受けなかったらしいな』

「何を……言っている……」

『お前は私だ。正確に言えば私のクローンだがね』

「お前は誰だ……!?」

『おっと自己紹介が遅れたな。私の名はルストラ・バート。ファンタジアのトップだとも』

 ルストラ・バート、島で見た過去の記憶。あれは今目の前にいる者の過去。

「どうして、クローンなんて」

『器だよ、私は死を超越する。新たなスペアのボディを用意したまでだ……まあそれもお節介な兄に邪魔されてしまったがね』

「分からない……どうしてそんな事……」

『質問ばかりだな、飽きてきたぞ』

 ルストラの機体からビームハープの斬撃が飛んでくる。間一髪で躱す。ライフルで応戦するメルカ。しかし直撃したはずの攻撃は傷一つ付けてはいなかった。

『我が「カデンツァ」にそのような攻撃は通らない。お前も全力で来い。さもなくば死ぬぞ』

 カデンツァの前に黒い球体が発生する。それは辺りの景色を歪め吸収しているように見えた。

『メルカ様! 超強力な時空変異です! アレをまともに喰らえば戻って来れなくなります!』

「でもそんな……どうしたら……」

『メルカ様……意識を集中させて下さい! ノートと一体化するように!』

「ノートと一体化!? そんなの無――」

 理と言おうとして、止める。他に方法がないならばやるしかない。


 意識が溶けていく。目の前の光景が広がっていく。五感が広がっていく。これがノートと一体化するという事か。あまりにも自然な行為に思えてしまう自分に驚いていた。

 流線型の機体が虹色に輝きだす。虹のマントを背負ってその姿は完成する。

『システムオルフェウス、レインボーパターンに移行に成功!』

『見せてみろ! 紛い物の力を!』

 黒い球体、極大の時空変異が発射される、レインボーノートはそれをひらりとマントで受け止める。虹の帯は黒い球体を掻き消し去った。

『良くぞ受け止めた! ならばこちらも本気で行こう! システムゼウス! ゴールドパターンに移行!』

 金色に染まるカデンツァ。虹のノートに黄金のカデンツァ。

 二機による最終決戦が今始まろうとしていた。

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