第5話 幻の島


 海上を進むディヴェルティメント。その行く先に島影が見えた。

「おかしいな、このルートに島なんてないはずだが」

 とはアグリオスの言。これも時空変異の影響なのだろうか。もしかしたらファンタジアが関わっている可能性を考慮してシャウトを出して調査に当たる事になった。


『総員、この島は特大の時空変異の影響によって可能性もある。十分に警戒して絶対にシャウトから降りるんじゃないぞ』

 アグリオスの号令と共に全員がシャウトに乗り込み発進した。

『姉御~』

 どこか気の抜けた声が通信から入ってくる。最近メルカによく絡んでくるピアという少女だ。

「……何よピア。ノートならあげないわよ」

 そう、このピア、ノートに乗りたいとせがんでいるのだ。

『もうそれは諦めたっすよ~ 私にはあんな弾幕に飛び込む勇気とか無いし……』

 先日の戦いの話だ。マーチに時空貫通弾。ノートは対策されつつある。もう無敵の機体ではなくなってしまったのだろうか。


『それより! 姉御に付いて行った方がもっと強くなれるかなって!』

「どう言う理屈なの? それ」

 ふふーんと鼻を鳴らすピア、彼女なりの考えがあるらしい。

『先輩はファンタジアの指揮官機に狙われやすいっす』

「そうね」

『つまり、激しい戦闘の中に巻き込まれる確率が高いって事っす』

「悲しいことにね」

『いえ! そこが狙い目っす! そんな戦場で生き延びれば自分は強く勇気を持てたって事っす!』

「……ううん?」

『だから付いて行くっす!』

「よくわかんないけど……勝手に横で死んだりしたら恨むわよ」

『なんで死んだほうが恨まれるんすか!?』


 島の調査もだいぶ進んできた特に何もない森が続いている。動物の気配さえない無人島どころか無生物島と言った方がいいかもしれないような島だ。鬱蒼と生えた木々達もどこか無機質な印象を与えてくる。どこか嘘のような……

『姉御、あれ……』

「うん……?」

 そこに在ったのは……なんだ。なんといえばいいのだ。歪んだ景色。木々はねじ曲がり木漏れ日がぐるぐると渦を巻いている。

「時空……変異……? 小規模だけどかなり激化してる……」

『あの時空変異がこの島を生み出してるって事っすかね……? とにかくリーダーに報告するっす』


 メルカはその歪みに目を奪われていた。吸い込まれるようにその時空変異に近づいていく。一歩、また一歩と。

『危険ですメルカ様! 時空変異値が通常の十倍以上の歪みです! いくらノートといえどそれに触れてはいけません!』

 クリュメの忠告も聞こえない。ただ吸い込まれるように時空変異に


 光の奔流。流れていくのは――

(私の記憶……?)

 生まれてから過ごした記憶。しかし何かおかしい。

 そうだ。。自分は生まれた時から兄と二人暮らしだったはずだ。いやおかしい生まれた時から? そんな事が有りえるのか? 何故今まで疑問に思わなかった。光の奔流は続く。今の歳である十六を迎えた瞬間が映る。バースデーケーキ。プレートに描かれた名前は――


そこまでだった。いつの間にかシャウトに両腕を掴まれて時空変異から引き剥がされていた。

「今の……何……?」

『どうしたメルカ。何を見た!?』

 アグリオスの声。どうやらここは現実らしい。

「分からない自分の……いや違う……誰かの記憶……それを見てた……んだと思う」

『記憶だと? 過去を見ていたという事か? そうか。ここは誰かの記憶から作られた島という事か……よしそれだけ分かればここにもう用は無い。全員帰投するぞ!』

「待って! もう少し見せて今の記憶! すごく大事なものなの!」

『よせメルカ戻って来れなくなるぞ!』

「えっ……」

『そうですメルカ様……あれ以上はとても危険な状態でした。時空変異に飲み込まれ抜け出せなくなるところでした……』

 クリュメが申し訳なさそうに言う。メルカはそこでようやく正気に戻る。

「ごめん……どうかしてた……」

『姉御~! 心配したっすよホントに~!!』

「ピアもごめんね、今度ノートに乗せたげる」

『そ、それは遠慮しておくっす』

『よし、もう大丈夫そうだな、ピアとメルカもディヴェルティメントに戻るぞ』

「『了解』」

 

 ディヴェルティメントの機体格納庫の中。メルカはノートから降りずにいた。アグリオスとピアから心配されたが少し気持ちを落ち着かせたいだけだと言って。この状態にしてもらった。

「ねぇ。クリュメ。どうにかして兄さんと連絡出来ない?」

 しばらくの沈黙。クリュメはぐるぐると側転している。

「……クリュメ」

『……一つだけ。連絡回線があります』

「そんなのあるなら! 最初からこんな事しなくて済んだんじゃない!」

『ですが、それは緊急事態に使うようにと設定されておりまして……』

「今がその緊急事態よ。私の存在に関わる緊急事態!」

『分かりました……回線……開きます!』


『この回線は……メルカ……なのか?』

「そうよ兄さん! ああボルロット兄さん! やっと声が聴けた!」

『どうしてこの回線を使った……何があった……』

「そんなの兄さんが居なくなったからに決まって……!」

『俺の事なら心配するな……お前はもう大きい一人でも生きていける……』

「そんなの無理よ……そうでしょ兄さん! 帰って来てよ!」

『すまないが、それは出来ない。お前を巻き込んでしまう』

「もう巻き込まれてるわよ! ノートに乗ってファンタジアと戦って! 革命軍と一緒に行動する事になっちゃって!」

『そうか……やはりお前がノートに乗った時点で運命は動き出してしまうんだな……』

「それってどういう意味?」

『いいかメルカ、例え運命が動き出したとしても自分の運命だ。自分で選び掴み取れ。お前なら出来る……ゴホッカハッ!』

 重い咳の音共に何か湿った音が続いた。

「兄さん!?」

『俺の事なら心配するな! 少し口の中を切っただけだ……それよりもう話は終わりでいいか……? この回線は奴らに狙われやすい……』

「じゃ、じゃあ最後に……ルストラ・バートって誰?」

『……っ! お前、その名前をどこで……!?』

「強大な時空変異に触れたら過去の記憶みたいなのが見えたの、そしたらそこに……」

『……これも運命か……いいだろう。いいかメルカ、ルストラというのはお前の――』

 ビィーッビィーッという警告音が艦内に鳴り響く。格納庫にドタバタと人々が集まってくる。

『敵襲! 敵襲!』

「こんな時にっ!」

『メルカ……戦え、そして勝ち取るんだ……! お前の運命を……!』

 ブツッ。静かになる。

「兄さん!? 兄さん!? まだ聞き終わってないのに!」


『メルカ様! 敵にこの回線を傍受された模様です! 真っ直ぐこちらに向かってきます! 戦闘準備を!』

 メルカは思わずレバーを握る拳を震わせる。怒りだ。怒りだけが今の彼女を動かしている。

「ねぇクリュメ。この前のブルーノートみたいなの他に無いの? もっと戦いに向いたヤツ」

「……パイロットの積極的戦闘介入の意思を確認。システムオルフェウス。レッドパターンで起動します』

 流線型の機体が角ばっていく。赤く染まった機体は前に戦ったマーチのようにあちらこちらから砲塔を生やしていた。

「気に入った。メルカ・バート。レッドノート出ます!」

 カタパルトから発進するレッドノート。目に映るハミングを全てロックオンする。トリガーを引く。一斉発射。敵を追いかける砲弾が発射される。ハミング全機は避けきれずにその一撃を喰らい爆散する。残るは指揮官機。

『嘘でしょメルちん』

 アルの驚愕の声。

『一機でハミングを全滅させやがった』

 エウルの半分呆れるような声。

『さっすが姉御!』

 ピアの称賛。

『これもノートの力か……』

 アグリオスの分析。そして。


『猛将バーク。ここに推参。ノートよこの『カノン』と相手願おうか』

 いつもの全体通信。

「望むところよ!」

 今のメルカは烈火の如く怒り狂っていた。

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