第4話 海上戦線
「メルカ、シャウト出すから手伝って!」
アルにそう言われ起こされる。
「シャウトを……? また戦闘?」
「違う違う、これから海上を移動するから観測用チューニングクラウンとして配備しなくちゃ」
なるほど、今現在。世界中の海上ではチューニングクラウンの配備は間に合っていない。チューニングクラウンを配備する基地を海上に設営するのも時空変異のせいで一苦労だからである。ゆえに海上は時空変異の坩堝であり、距離と時間の概念が崩れ去った魔境なのである。
言われた通りシャウトをディヴェルティメントの甲板に出す。確かに見渡す限りの水平線がそこにはあった。
ノートと操作は対して変わらなかったがクリュメの有無は意外と大きい事に気付く事にもなった。
(私ってば色々周りに頼り過ぎかなぁ)
ハミングを降りる。潮風が海の香りを運んでくる。煌めく水面が眩しかった。
「すっかり慣れたみたいだな」
そう話しかけて来たのは金髪の青年エウルだった。彼はディヴェルティメントのサブリーダーであり、主にアグリオスを補佐するのが役目だった。
「はい、慣れちゃったみたいです」
「いやなのか?」
「うーん……なんとも言えないというか……」
「ま、こっちに迷惑かからないなら何でも構わないさ」
そう言って去って行くエウル、メルカはその背中を見送った。
『メルちん終わった~?』
通信機にアルからの連絡が入る。
「終わったよ、後そのメルちんって言うの止めてっていってるでしょ」
『はいはーい。終わったんならブリーフィングルームに来てね~』
「……了解」
甲板から船の中へと入って行く、もう少し潮風を浴びていたかったようなそうでもないような。
ブリーフィングルーム。
「集まってもらったのは他でもない。俺達の次の任務についてだ」
アグリオスの言葉におぉ……と皆がざわつく。メルカは一人、その任務とやらに兄がいるかを考えていた。
「俺達はファンタジア機関の中枢がある『浮遊区画』を目指している。しかしそこに行くには敵の防衛網を突破しなくてはならない」
ブリーフィングルームに備え付けられたモニターが浮遊区画とその周り防衛網を表示する。
「さらに敵の強力なチューニングクラウンも出てくる事間違い無しだ」
エウルがアグリオスの言葉を継ぐ、そしてモニターのある一点を指さす。
「ここを除いてな」
一見すると他の防衛網と変わらないように見える。
「先日の戦闘でメルカが、指揮官機『キャロル』を駆るキールという男を撃破した。このポイントはヤツの管轄だ。ヤツがダウンしている今。ここは突破口足りえるというわけだ」
「それなら別に最初から突っ込んでも勝てたんじゃ……」
エウルの言葉にボソッとそのキールを倒したメルカが小声で話した。それにアグリオスが肩をすくめて言う。
「まさか指揮官機相手に無傷で勝てるとは思っていなかった。何よりディヴェルティメントは補給の最中だったしな。だが今は準備万端。いつでもアタックを仕掛けられるという事だ」
『ファンタジアの戦艦を目視で確認! 繰り返すファンタジアの戦艦を目視にて確認!』
管制室からのアナウンスがブリーフィングルームに響き渡る。皆一斉に立ち上がり、部屋を順番に出て行く、その統率の取れた行動はまさしく軍隊と言えるものだった。
「馬鹿な……この海域にファンタジアの巡回があるなんて聞いた事が無いぞ……」
エウルが頭を抱える。アグリオスがそんな彼の肩に手を置いた。
「やはりメルカはファンタジアにとって重要なモノらしい」
「え、狙われてるの私?」
今更ながら今更な疑問がここで芽を出してくる。兄が残した謎の機体ノート。自分にしか乗れないというあの無敵の機体がファンタジアと関係しているというのなら――
「兄さんもファンタジアに関係していた……?」
しかし考えを進めようにも情報が足りない。そして状況も待ってくれない。
「出発するぞ」
「頼りにしてるぞメルカ」
エウルとアグリオスが先にブリーフィングルームから出る、後を追うようにメルカもその場を後にした。
ノートに乗り込む。
「ねぇクリュメ、アンタなんか知ってるんじゃないの?」
『何か……と言いますと?』
「兄さんの正体とか」
『そのような情報は私の中にはありません』
「残してないか……そういうとこばっか几帳面なのよね」
ノートの白く流線型の機体を甲板に出す。確かに目の前には小さな点のように見えるが戦艦一隻海上を進んでいた。
「ねぇアル、チューニングクラウンって飛べないでしょ。どうやって海上で戦うの?」
『そりゃもう射撃戦だよ』
簡潔な答えだった。
「クリュメ、ノートの射撃武器って?」
『ビームハープの弦をはじいてください。ビームカッターが飛んでいきます』
「どう言う原理なのよそれ……」
『というか、ノートは空中戦闘が可能ですよ?』
「嘘!? 飛べるのこの機体!?」
驚きのままクリュメの指示に従ってノートを浮かせてみる。
流線型のその機体はふわぁとその巨体を浮かび上がらせた。他のメンバーから驚愕の声が上がる。
『チューニングクラウンが飛んでるだと!?』
『なるほどそりゃファンタジアも欲しがるわけだ』
『すごいよメルちん!』
「すごいのはノートだけどね……」
ノートを海上へ飛び出させるメルカ。敵戦艦が迫る。
「相手の戦艦の上……なんかデカいの乗ってない? クリュメ、ズームして」
『了解です』
敵戦艦の甲板、そこに居たのは無骨な銃器の塊とでも呼ぶべき物体だった。箱型の本体からいくつもの砲塔が伸びている。
「また指揮官機ってやつかぁ……しかも前のと違ってなんかヤバそう……」
戦艦が目と鼻の先にまで近づいてくる。実際にはカメラをズームしているので本当の距離とは乖離があるが。その時だった。
『我が名は砲戦のブラドー。そこに居る未確認機……いやノートよ。大人しく投稿しろ。そうすればそちらの船は見逃してやる』
敵の全体通信、前回と同じ展開、ならば今回もやる事は同じだ。あっかんべーの代わりにビームハープを取り出す。
『戦闘の意思を確認。これより実力行使に映る!』
メルカがノートで一気に敵の懐に飛び込もうとした瞬間だった。危険を知らせるアラートが鳴り響く。
『危険ですメルカ様! 敵は時空貫通弾を使用しています!』
「え……なにそれってうわっ!?」
襲ってきたのは壁のような弾幕。銃弾、砲撃、ミサイルなんでもありの雨あられだ。必死に避けた。時空貫通弾とやらが何か分からないがどうやらノートの無敵の防御力に対する何からしいという事だけは確信した。
その証拠にかすっただけの一撃で機体に傷が出来ていた。
『我が『マーチ』の弾幕を躱すとはな。スペックは報告以上らしい』
動じてもいない風に話すブラドー。メルカは冷や汗をかく。
『メルカ様! ブルーノート形態への移行を進言します!』
「ブルーノート? ああもう何でもいいから、この状況なんとか出来るならやっちゃって!」
『了解! システムオルフェウス、ブルーパターンに移行! ノート変形します!』
するとノートの形が変わっていく。流線型の姿がさらに鋭くなり色は青に染まり、足からはローラーが出現する。
「これがブルーノート……」
その変化は圧倒的だった。まるで地面を滑走するかの如く空中を駆け回る事が出来た。不慣れな空中戦よりもはるかにこちらの方がいい。敵の弾幕の動きも段々と読めて来た。この短時間で戦闘慣れしている自分に呆れるメルカ。しかしそんな事を考えている場合ではない。
「行っけぇーッ!」
弾幕に飛び込む。壁のようなそれのほんの隙間を通り抜ける。その時ブルーノートの機体が揺らいだような気がした。より細く弾を避けれるようになったかのように。
マーチを目の前に捉える。ビームハープで一閃する。砲塔のいくつかを斬り捨ててやった。
『まさか。これほどとは……!』
ブラドーの驚嘆の声が通信で入ってくる。このまま他の砲塔も斬り捨てようとした時だった。ディヴェルティメントがここまで近づいて来ていたのだ。味方の援護射撃が飛んでくる。敵戦艦もハミングで応戦するが先に仕掛けたシャウトの銃撃のが早く届く。
『ぐっ……仕方あるまい……一時撤退! 戦線を下げろ!』
ボルドーの声と共に敵戦艦がUターンを始める。ディヴェルティメントは追撃はしない。牽制の弾をいくつか撃って勝鬨を上げる。
『まさか二度も指揮官機を退けるなんてな! すごいぞジョーカー!』
アグリオスの激励の声。嬉しくない……と言えば少し嘘になる。
『だけどここまで本格的にメルカを狙っているって事はこれからも指揮官機に戦闘を仕掛けられる事になるかも知れませんよ』
エウルが言う。確かにメルカは狙われている。ここに居るのは迷惑なのだろうか。いや。
「私が全部倒す。兄さんを見つけるまでそうすればいいだけ」
『さっすがメルちん!』
メルカはノートをブルーノートから通常の状態に戻しディヴェルティメントに帰投した。
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