第2話 戦艦ディヴェルティメント


「自己紹介が遅れた俺はアグリオスだ。革命軍の現場指揮官をやってる」

「……メルカ」

「ははっ。随分嫌われてるみたいだ」

 戦艦内の無機質な廊下を歩く二人。メルカは宙に浮く鉄塊の中にいるというのが落ち着かないようだった。時空変異が起きたのはメルカの生まれるよりも前で飛行機なんて教科書の中の存在でしかなかった。


「別に嫌ってるわけじゃない。ただあんた達の流れ弾で家が吹き飛んだのが気に食わにないだけ」

 思わず頭の後ろをかくアグリオス。

「それは申し訳ない事をした……なるべく非戦闘員への被害は及ばないようにしているんだが……」

「そもそも!」

 ダンッと地面を強く踏むメルカ。思わず足を止めるアグリオス。

「どうしてアンタら世界の意思決定機関に喧嘩なんて吹っ掛けてるわけ!? そんな事しなければ兄さんだって……」

「我々にも目指すところがある。そもそもファンタジアとて信じられる機関ではないと少なくとも革命軍に参加した者達は思っている」


「そうやって勧誘していったわけ?」

「違う。時空変異の混乱と共に起きた『狂騒大戦』の時。強力な武装を持ったチューニングクラウンを用意したファンタジアが、時空変異の影響を受ける事なくその戦争に圧倒的な勝利をおさめた」

「そんなの教科書にも乗ってるわよ。それがなんだっていうの? ただ世界の危機を救ったヒーローにしか聞こえないけど?」

「そのが問題なんだ。ファンタジアは大戦が起こる前から……いや時空変異が起こる前から武装下チューニングクラウンを用意していた可能性がある」

 そこでようやくメルカはアグリオスの話に興味を示す。もしそれが本当だとしたら――


「ファンタジアは時空変異が起こる事が分かっていた?」

 アグリオスは止まっていた歩を進める。メルカはそれについていく。

「それはまだ優しい予測だ。我々の中にはファンタジアこそが世界規模の時空変異を引き起こしたのではないかと思っている者もいる」

「そんなわけ! 人間に出来ることじゃないわ!」

「だがファンタジアの技術力は他の追随を許さないほどに圧倒的だ。ないとは言い切れない」

「だったらファンタジアは世界の実権を握るために自作自演したってわけ?」

「少なくともファンタジアは何か隠している。それは確かだ」


「随分はっきりと言い切るのね」

「それほどまでにファンタジア機関の動きは怪しいということだ」

「それはあんた達がそう思いたいだけじゃなくて?」

「そう思ってもらっても構わない。君の目的はお兄さんを探す事だろう。我々の目的など話半分で聞いてくれればいい。これはその、罪滅ぼしみたいなものだ」

「家を吹き飛ばした?」

「ああ.っと着いたぞ。ブリーフィングルームだ。仲間を紹介しよう」

 横スライドの扉の前にたどり着く、すーっと扉が開く。そこには大勢の人々が居た。せわしなく部屋の中を行き来している。

「皆! 紹介したいゲストがいる! 少しこっちに注目してくれ!」


 部屋の作業がぴたっと一旦止まる。こちらに視線が集まる。

「彼女は行方不明になったお兄さんを探しているらしい。そしてそのお兄さんだが先ほどの戦闘の際、未確認機に乗って戦場から飛び出した可能性がある。ファンタジアの指揮官機に追われながらな」

「それって大事おおごとじゃん!」

 一人の少女が机に身を乗り出してこちらを見やる。メルカは自分以外にも歳の近い少女がいる事に少し安堵を覚えた。

「そうだアル。それに我々の戦闘の流れ弾で彼女の住む家が無くなってしまったらしい。そこで我々は通常任務を行いつつ彼女を手伝いたいと思う……異論のある者は?」

 少しざわつくブリーフィングルーム。しかし先ほどアルと呼ばれた少女が手を上げる。

「はいはーい。その子名前なんてーの?」

 

 求めていたのは兄探しを手伝う事に異論があるかどうかだったはずだが少女お構いなしに名前を聞いてきた。

「……メルカ・バート」

 どうしても素っ気なく返答してしまう。まだこの場に慣れない。慣れてはいけないような気もする。だが兄を探すならばいやでも慣れなくてはいけないのかもしれないとも思う。

「メルカかぁ! かわいい名前じゃん! 私はアル! よろしくね!」

 茶色いショートヘアが跳ねる。メルカはどうしていいか分からず、それでもなんとか返事をする。

「よ、よろしく」


「よし異論はないようだな。これから彼女は我々と行動を共にする事になる。そうだアル。お前の部屋のベッド空いていたな?」

「うん、空いてるよ~……お、つまり相部屋?」

「えっ」

 一人部屋じゃないのかと思うメルカ。アグリオスを見やる。

「すまないな君を乗せたは私の判断だが。それでも君もこの船を自由に動けるわけではないという事をどうか承知して欲しい。相部屋もそういった処置の一つだ」

「処置って……部外者だからスパイかもしれないとか疑ってんの? 信じらんない」

「すまない、我々も常に万全を期していたいんだ。イレギュラー要素は少ない方がいい」

「リーダー、それってつまりアタシはメルカの監視役って事?」

 アルが問う。アグリオスが頷く。

「ちえー、せっかく友達になれると思ったのに嫌な役押し付けられたなぁ」


「アグリオス、イレギュラー要素が少ない方がいいって言うんなら私を乗せた理由は何? まさか本気で罪滅ぼしなんて言わないでしょうね」

 改めて思った疑問だった。メルカとノート。これは特大のイレギュラーだ。ノートだけを回収する手もあったかもしれない。クリュメによればメルカにしか乗れないらしいが。それにしたってやはり危険な要素が多い気がする。


「俺は君の事を今のファンタジアと革命軍の戦争におけるジョーカーだと思っている」

「ジョーカー?」

「そう、君の乗る機体。あの移動能力……あれは時空操作によるものだ。違うかい?」

「そんなの……知らない……」

 自分は知らない事が多すぎる。メルカは自分の無知を今になって知った。

「そうか、それでも構わない。でも君と君のお兄さんは少なくともファンタジアの上層部が狙うほどの何かである事は間違いない。少なくとも俺はそう思っている」

「私を釣り餌にしようっての?」

「悪い言い方をすればそうなる。だがかかる獲物はデカいはずだ」


 ブリーフィングルームの中に入り、全員の名前を紹介された。改めてアグリオス,アル。そしてエウル。ピア、エンケ、グラティオ、リュティ、パッラス、ヒッポ、ポリュポ、リオン、ミマス……正直、多すぎて顔と名前は一致しないしまだまだ覚えきれそうにない。自己紹介を終えた後はブリーフィングルームを後にしてアルの部屋。つまりこれからのメルカの部屋に案内される。

「おお……」

 その中は意外と普通の部屋だった。

 壁からせり出しているベッドが二つ、何も無い方とレースのカーテンが付けられている方。机も二つあり片方の机、レースのカーテン側にはぬいぐるみが置いてあった。

「ぬいぐるみ、好きなの?」

「うん? ああ机のやつ? あれは貰い物。友達からね、私の趣味じゃないんだけどね……」

 どこか悲し気な表情を浮かべるアル。何か聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうか。

「何かあったの」


「死んだの、戦闘でね」

 絶句する。そして自分がいる場所を改めて実感する。ここは家でも無ければ学校でもなければシェルターでもない。戦争の真っ只中なのだと。

「あはは、ごめんね怖がらせちゃったかな。でもそんなの日常茶飯事だから早く慣れた方がいいよ。私が死んで一人部屋になるかもしれないしさ」

「そんな簡単に死ぬなんて言わないで!」

 思わずメルカは叫んでいた。まだ会ってほんの少ししか経っていないアルにもう既に何か想いを入れてしまったのかもしれない。

「私が死なせない。兄さんを探すついでに全部終わらせる」

「ちょ、いきなりどうしたのさ。全部終わらせるってこの戦争を? そんなの無理だよ」


「やってみなきゃわからないじゃない! 私もう決めたんだから!」

 ふんすっと力を込めて意思表示をする。その様子に笑みをこぼすアル。

「変な奴だなぁメルカってば……あんまり無理しちゃダメだよ?」

「大丈夫! 私のノートは無敵なんだから!」

「あははっ、そこは『私は無敵なんだから』じゃないんだ」

「私は……パイロットとしては未熟だし……というかほとんど初心者だし……」

 そう言って今度はもじもじし始める。

「そっか。じゃあシミュレーターがあるからそこで練習してみる?」

「うん! するする!」


 シミュレーター、チューニングクラウンの操縦を訓練するための装置。箱型の機械で乗り込んでモニターに映る敵や障害物を避けて撃破していく。

『いいよいいよ、その調子!』

「なんだ意外と簡単……っとうわあ!?」

 手足の制御ミスして盛大にこけるメルカ。

『油断禁物だよ! 今のがホントの戦場なら死んでたかんね!』

「うう、はいセンセー」

 デカデカと表示されるゲームオーバーの文字。死んだらもっと悲惨な事になる。悲惨とさえ思う事さえ出来なくなる。気を引き締めてコンティニューボタンを押した。

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