時空調律システム・オルフェウス
亜未田久志
第1話 平和だった日常
鳥の鳴き声が聞こえる。朝を告げる鳴き声だ。窓を開ける少女――メルカ。外を見やる遠くにはチューニングクラウンの姿が確認出来る。人類はアレ無しではまともに生活出来なくなってしまった。
パジャマから制服に着替えスマホを持って自らの部屋からリビング向かう。そこにはすでに朝食をテーブルに用意しているメルカの兄――ボルロットの姿があった。降りて来たメルカに気付いたボルロットは優しく微笑む。
スマホをテーブルに置くメルカは椅子に座る。
「今日も早いね、もう少し寝ていても遅刻しないだろうに」
「ううん、せっかくの兄さんの作ってくれた朝食が冷めちゃうのは嫌だもの」
「だからメルカの分は、メルカに合わせて作ってあげるって言ってるじゃないか」
「もう兄さん、何度も言わせないで。私は兄さんと一緒にご飯が食べたいの!」
ふぅ、ともうこれ以上、拘泥しても仕方ないという風にボルロットは息を吐く。
「仕方ない、一緒に食べようか。冷めないうちにね」
「そうそう♪そうでなくちゃ」
今日のメニューはスクランブルエッグにウインナー、フレンチトーストだった。
「ちょっと玉子使いすぎじゃない?」
「そうかな、それよりはいメープルシロップ」
私は兄からメープルシロップの瓶を受け取りながらテレビを付ける。テレビと言っても時空変異から逃れる事の出来た地域でのみ配信されているローカル放送だが。
『本日未明、C地区の近くで革命軍の戦艦が確認されたとの情報がありました。近隣の皆さまにおいては十分に注意をし戦闘が始まった際には近くのシェルターに避難して下さい。繰り返します本日未明・・・・・・」
「C地区って! すぐ近くじゃない!?」
「……そうだね、メルカ、今日は学校には行かない方がいい。早めにシェルターに向かおう」
「う、うん。兄さんも一緒よね?」
「僕は……」
その時だった。遠くに見えていたチューニングクラウンの一体が爆散したのは。
「革命軍!?」
「マズい戦闘が始まる! メルカ! シェルターに急げ!」
そう言いながらボルロットは玄関から外に出て爆散したチューニングクラウンの方向へと向かおうとしている。
「ちょっと兄さん!? どこへ行くの兄さん!」
突如、影が差す、辺りが暗くなる。。雲が太陽を遮ったのかと思ったが違う。
「革命軍の戦艦……!?」
宙に浮かぶ巨大な鉄塊は昔ならUFOとか呼ばれて大騒ぎになったに違いない。
時空変異でそうした異常な状況に慣れてしまった今の人々では、それは単なる恐怖の対象か、はたまた信奉の対象でしかない。
戦艦から武装したチューニングクラウンが降下してくる。こうしているうちにもボルロットはどこかに行ってしまった。メルカはこのままシェルターに行く気は毛頭ないようだった。するとリビングから音がする。
「兄さん!?」
兄からの着信だと疑わずテーブルに置いたスマホを手に取る。そこに表示されていたのは兄からの着信ではなかった。
「もう! 今は生活習慣管理アプリになんか用なんてないってば!」
メルカのスマホにインストールされたAIの青く丸いアバターの姿だった。
『いえ、そうではありませんメルカ様!』
「えっ……?」
『私クリュメは本来こういう時のために作られたのです! さあ早く家の地下へ!』
メルカは混乱する。
「地下? 地下って言ったってそこには兄さんが昔使ってたとかいう壊れたチューニングクラウンがあるだけじゃない……まさか」
『そのまさかです! 地下のチューニングクラウン「ノート」は壊れてなどいません! それよりも今この戦場で一番のスペックを誇っています!』
メルカは頭を抱える。冷や汗にじませる。戦場という言葉に現実感が追い付かない。
「それに乗って兄さんを探せって言うんじゃないでしょうね……」
『イグザクトリーです! さあ早く地下へ!』
「……ああもう! 兄さんの馬鹿! 絶対見つけ出して文句言ってやるんだから!」
地下へと向かう階段へ進むメルカ。久しぶりに下った階段は前に来た時より長く感じた。もしかして町に配備されたチューニングクラウンが破壊されたせいで時空変異の影響がここまで来ているのかと焦る。
時空変異の影響は文字通り時空の歪みだ。足の速さ遅さに関係なく本来なら一分ぐらいで進める距離が十分の時間を要していたり、またその逆もあり得る。その変調を直していたのが人型時空観測機チューニングクラウンだ。不安定な時空を常に正常な状態に保つために観測する。ただそれだけ? と思うかもしれないが、ただそれだけで時空変異は治まったのは紛れもない事実だ。
なんとか地下までたどり着く。埃っぽい場所、下は土が剥き出しになっている。そこに鎮座するのは布のかぶせてある物体が一つ。
「これが、今の状況を何とか出来るチューニングクラウン?」
『そうです! 貴方にしか乗る事の出来ないこの世で唯一のチューニングクラウンです!』
「私にしか乗りこなせない? それってどういう――」
衝撃――今まで天井だったものが吹き飛んだ。地下に光が差す。流れ弾がメルカの家に直撃したのだ。地下に居なかったら今頃ミンチになっていた。
ますます兄の事が心配になるメルカ。意を決して布を取り払う。そこに在ったのは流線型の美しい機体だった。その輝きは埃一つかぶっていない。コクピットは開いている。迷わず乗り込んだ。
「で! どうすればいいのクリュメ!」
『まずはそこの台座にスマホをセットしてください!』
言われた通りに丁度メルカのスマホが入りそうな台座にソレを置く。すると電源が入ったかのようにノートの各部が光を放つ。コクピットが閉じる。
「運転はクリュメに任せていいって事?」
『いえ……私はあくまでサポートシステムですので……』
「結局、私がやるしかないのか……どうすればいい!?」
『はい、まずはそこのレバーを引いて……』
クリュメの指示通りにノートを動かす。何とか立たせるところまではきた。視線が高い。チューニングクラウンは基本。十メートル近くあるのだから当然だ。戦場を見回す。あちこちでファンタジアの量産型チューニングクラウン「ハミング」と革命軍の主力チューニングクラウン「シャウト」が戦闘を行っている。
「こっからどうやって兄さんを探せばいいのよ……」
『そうですね……まずは……いけません! メルカ様! ハミングからロックされています!』
「は? え!? 私、まだ何もしてないのに!?」
『ファンタジアのハミングは無人です。敵機の区別はデータを参照しているはずです。そしてこのノートのデータは恐らくその中にはありません』
「つまり識別不能で敵扱いって事!? 嫌よファンタジアに喧嘩を売るなんて!」
『しかし現状、有人機であるシャウトと、無人機であるハミング……どちらを敵に回すか考えた場合、クリュメは後者をオススメします』
「嘘でしょ……」
時空変異を治め世界の意思決定機関となったファンタジアに歯向かう? メルカはそれをひどく恐れた。しかし兄の事も心配だ。
「こうなりゃ自棄よ……良いわ、家族のために世界に喧嘩売ったろうじゃないの!」
レバーを握りしめるメルカ。クリュメが嬉しそうにスマホの中で跳ねる。
「それで!? どうすればいいの!? なんか武器とか!」
『ビームハープを取り出してください! そこのスイッチです』
言われるがまま、スイッチを押す。するとノートが勝手に動き、背中から曲がった剣のようなものを取り出した。ハープという名の通り弦がはってある。
「弦がビームって……それじゃ弾けないじゃない……」
『メルカ様! 敵ハミングがこちらが武器を構えた事により攻撃態勢に入りました!』
「ああもう次から次へと! クリュメこの次は!?」
『並のチューニングクラウンの兵装では、このノートに傷を付ける事は出来ません。突撃してビームハープで切り裂いてください!』
「もっとスマートなやり方は無かったのかしらッ!」
レバーを前に倒すメルカ、勢いよくノートは飛び出していく。まるで空間を滑っていくかのように。ハミングが手に持つ銃から弾が発射される。
しかし、それをノートはひらりと避けてみせた。そしてそのまま棒立ちのハミングにビームハープの弦を叩き付ける。焼き斬れるハミング。袈裟斬りにされた機体が崩れ落ちた。
「これで終わり?」
『どうやら他のハミングはシャウトが撃破……つまり革命軍が勝利したようです』
「嘘でしょ……じゃあ今日からここは革命軍の占領区って事!? もうホント最悪よ! 日常を返してよー!」
叫ぶメルカ、しかしそんな慟哭も空しく状況はさらに悪化する。
『メルカ様、シャウトの集団が近づいてきます!』
「まさか次はそっちと戦えって言うんじゃないでしょうね……」
しかし相手のシャウトはの武装を解いていた。戦闘の意思はないという事を示しているようだった。集団の先頭を進んでいたシャウトのコクピットが開く。
中から男性が出てくる。ガタイの良いいかにも軍人といった感じのタイプだ。
「今の戦闘、見事だった! ハミングを倒したという事はこちらの味方という事でいいんだよな?」
メルカは非常に悩んでいた。このまま「はいそうです」と出て行っていいものなのか。しかし他にここをやり過ごす案が思いつかない。仕方なくコクピットを開く。
「別に革命軍の信奉者ってわけでもないけどね」
金色の長髪をかきあげながらコクピットの外に出る。
「……驚いた。まさか君みたいな女の子が乗っていたなんて」
「ねぇそれより聞きたい事があるんだけど」
早くこの状況を何とかしたい一心だった。
「私の兄さんしらない? 名前はボルロット・バート。このチューニングクラウンを作った人で、あんた達が戦闘を始めた途端にどこかに行ってしまったの」
「君のお兄さん? その機体の開発者? 知らないが……いや、一機、シャウトでもハミングでもない機体が二機、この場所から飛び立つのを確認している片方の機体はファンタジアの指揮官機だったように思う。もう片方は君の機体と同じアンノウンだ」
「まさか兄さんもチューニングクラウンに乗って……妹を置いてどこ行ったのよもう!」
「君はこれからどうするつもりだい?」
唐突な男からの言葉。
「どうするって……そうだ。その二機が行ったって方角教えてくれる? そっちに向かうわ」
「待ってくれ、なら一緒に行かないか?」
コクピットに戻ろうとしたメルカの動きが止まる。
「私に革命軍に入れっていうの?」
「そこまで強制はしない。君のお兄さんが見つかるまででいい力を貸してくれないか」
良い提案とは思えなかったが悪い提案でもないとも思ったメルカ。
「兄さんが見つかるまで……これが絶対条件よ」
「ああ! ありがとう!」
こうしてメルカ革命軍の戦艦に乗り込む事になったのだった。
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