プリンス・エッグ

森 真尋

天王の夢


「テンノウム?」


 テーブルの上に並べられたディッシュには、様々な料理(のようなもの)が盛られている。

「ああ、天王の夢で、天王夢だ」

「これらの料理(のようなもの)が?」

「完全には再現されていないだろうがな。一説によると、おそらくはこういう料理だろう、ということだ」


 天王夢――かつて、大昔の天王が夢に見たという、幻の料理――。


 卵が一つ、手に握られる。

「しかし、この一つだけ、どういう料理なのかが解明されていない。諸説はあるがな。再現はできない」




 あるとき、天王さまの前に、怪しい微笑を湛えた者が現れました。その者は、いつものように、クロッシュの被せられたディッシュを手にしています。

「さて、今夜もキミのために料理を持ってきたよ」

世界で最も偉い天王さまに対し、その者は傲岸不遜な態度で接しています。ただ、それもいつものことなので、天王さまは気にすることなく先を促しました。

「いや、今夜ばかりはキミのためではないかもしれない」

一言、その者は呟きました。天王さまが訝しそうな視線を遣ると、その者はもったいぶった調子でクロッシュに手をかけます。

「早く、食べさせたまえよ」

「キミは食べない、食べられないよ」

クロッシュが外されます。ディッシュに盛られたそれは、白い料理でした。いつものように、その者は試すような口調で天王さまに訊ねます。

「キミはこの料理を知っているかな」

「知らない」

天王さまは、その料理の正体ではなく、それを食べられるのかどうかについて考えていました。

「早く、食べさせたまえよ」

「キミは食べない、食べられないよ」

その者は、先と同じ調子で繰り返しました。天王さまは、再び訝しそうに視線を送ります。いつもは、その者はそのようなことを言わないのです。

「では、その料理は何なのだ」

その者は、料理名を告げます。

「プリンス・エッグ」




「プリンス・エッグ……」


 卵が手に握られている。

「そう、王子のための玉子料理。だから、当然、王子ではない天王は夢の中でそれを食べられなかったというわけだ」

卵の殻が割られる。

「その料理を再現することはできない。しかし、一つだけ、解明されていることがある。それは――」

殻の隙間から、卵白だけが流れ出る。

「――キミは食べない、食べられない」


 ディッシュに盛られたそれは、白い料理(のようなもの)だ。



 一つひとつ、ディッシュを指しながら、その料理名を告げる。

大犬ビッグ・ドッグに、水氷ウォーター・アイス、それから……」

大きなホットドッグ(のようなもの)に、シャーベット(のようなもの)、九つの丸薬(のようなもの)、井戸を模った丼(のようなもの)など、様々な料理(のようなもの)。

「……そして、王子玉子プリンス・エッグ



「これが、天王夢てんのうむ――点の有無てんのうむ――というわけだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プリンス・エッグ 森 真尋 @Kya_Tree

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ