四章 金星と闇の大祭 1—5



夜が明けた。

迎えの龍臣たちに、魚波は首をふった。


茜が泣いて喜んだ。


「ナミちゃんだなくて、ほんによかった。だども、そげすうと、雪ちゃんが……ナミちゃんや雪ちゃんには、好きな人といっしょになってもらいたかったに」


そうだった。


茜も好きな男と別れさせられて、『巫子』にえらばれたのだ。今でも、その相手のことが忘れられないのか。自分と同じ状況の雪絵が『巫子』にされるのは、心が痛むのだろう。


(でも、雪絵はもう村におらん。今ごろは、威さんと、どこまで行ったやら)


二人が逃げてから丸二日。米子か、松江までは逃げただろうか。あるいは大社の駅まで行けば、汽車で東京まで行ける。


とにかく、今夜が正念場だ。


今夜、魚波が御子にさえなれば、なんの心配もなくなる。


家に帰ると、一男が来ていた。


一晩前に殺されたばかりだというのに、まったく元気に歩いている。


こういうのを、人は妖怪と呼ぶのだ。


「ナミさん。あんたもダメだったみたいだね。わは、もう、どげでもいいわ。こうまで(これまで)意地張っちょったども……。


その罰だったかもしれん。ウソなんか、つくもんだないね。ナミさん。あんたにも、いろいろ当たって悪かったわ。あんたが悪いわけだないに」


そう言って、頭をさげる。


そうか。こいつがアニキなのかと、一男のつむじをながめる。


「カズさん。顔あげてごしゃっさい(顔をあげてくれ)わが悪いわけだないけど、あんたが悪いわけでもないが。親の勝手に、ふりまわさいたのは、わも、あんたも同じだ」


「うん……」


一男が笑ったので、魚波は少し、うれしかった。


死なない化け物であることも、ちょっとは利点がある。


一男が巫子だったからこそ、今、こうして話すことができた。あのまま死なれていては、きっと後味が悪かった。


「カズさんが生きちょって、よかった」

「だども(だけど)、まげに(すごく)痛かったぞね。はあ、もう死ぬかと思ったわ」

「死ぬかも何も、いっぺん死んだらしいがね」

「そげそげ(そうそう)。三途の川の途中まで渡ったわ」


あははと声をそろえて笑う。


二人のあいだにあった、わだかまりも吹きとんだ。


「まあ、ナミさんはウソついたわけだないけん、心配ないと思うけど。気ぃつけえだよ。あの男、わの腹を裂きながら、ずっと『ない。ない』言っちょった。なんか……探しちょうみたいだった」


一男の言葉は、魚波をぞッとさせた。


何かを探す?

人の体を切り裂きながら、何を探すというのだ?


もうひとつ、奇妙な話があった。


「ナミさんは、おこもりだったけん、聞いちょらんでしょう。吾郷が死んだと。わは道夫から聞いたけど、道夫は龍臣さんから聞いたと」


その現場は見ていたので、新しい話ではない。だが、そのあと、一男は変なことを言いだした。


「でも、道夫が言うには、昨日の晩、吾郷を見たと」


「吾郷を? どこで?」

「沼のある雑木林の近くで」


村の西端の雑木林。


そこは、スイレンの咲く沼があるだけ。とくに何かがあるわけじゃない。だから、村人も、まき拾いのときぐらいしか入っていかない。


身をかくすには、もってこいだが……吾郷は、たしかに死んだ。眉間のまんなかを撃たれれば、常人なら、まちがいなく即死だ。


「幽霊だないかてて、道夫は、ふるえあがっちょった。道夫はキモが細いけん。ほかの人を見あやまったと思うだどもね」


一男の言うとおりだ。


目の前で死んだ吾郷が林を歩いていたとすれば、それは亡霊だ。おくびょう者の道夫が見間違えたと考えるのが合理的である。


でも、なんとなく気になった。


不安なまま、夜が来た。


魚波は雪絵の着物をきて、紅をさし、雪絵から渡された赤い毛糸のショールを頭から、かぶった。


やはり、兄妹だ。


カガミを見ると、どこか雪絵に似ていた。


もしも、魚波が女に生まれていれば、何かが変わっていたのだろうか?


威と村を出ていくのは、魚波だったろうか?


それは言っても、しかたないことだが。


(女の雪絵のほうが村から出て、旅すうとは思っちょらんだったなあ)


魚波のあこがれていた世界を、その目で見る。

雪絵は芯の強い子だから、それができたのだろうか。それとも好きな男と手に手をとりあってだから、できたことなのだろうか。威と二人だから。


ちょっぴり、うらやましい。

その思いを、魚波はムリに抑えつける。


昨夜と同じように、迎えが来た。

女装した魚波を見て、茜は気づいたようだ。なんとも言えない顔をする。

魚波自身はカガミを見て、そんなに変な出来とは思わなかったが。まあ、雪絵のはずが魚波だから、きっと、おどろいたのだろう。


龍臣が首をひねる。


「雪ちゃん。なんか、いつもと感じが違うなあ」


あわてて、茜が弁解してくれた。


「そりゃあ、雪ちゃんは最後の番だけん。きんちょうもすうわね」

「まあ、そうか」


茜のおかげで、ばれずにすんだ。


二人に前後をはさまれて、昨夜の御宿り場につれていかれた。一人で洞くつのなかに残される。


茜たちが去っていくと、怖いほどの静寂が夜を圧する。

昨夜は怖いとは、これっぽっちも思わなかった。

期待に胸をはずませていた。

なのに、なぜだろう。

今夜は妙に薄ら寒いような心地がする。


魚波は待った。

今夜こそ、何かが起こる。


真夜中、人影はあらわれた。

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