三章 巫子えらびと消えた死体 3—3


気をとりなおしたのか、威は魚波の手をつかんだ。


「血のあとはある。でも、傷あとはない。ほんとに、つながってる……」


今度は頭をかかえた。


ちょっと、かわいそうになってきた。


魚波は白状した。


「これが、村の秘密だが。わと雪絵は、親父が御子さまを宿しちょうときに生まれたけん」


「御子さま? 御子さまって……あれか? 不二神社の神さま。無病息災と長寿のご利益の……」


「御子さまは、今も、この村におらい(この村におられる)生き神さまだ。御子さまは不老不死。御子さまがくださるのは、ただの無病息災だない。不老長寿だ」


魚波は、その仕組みを説明した。


御子は今、胎児になって、村人のなかを移り住んでいること。


宿主の子どもは、生まれつきの巫子になること。


神社の『巫子』は、巫子のなかから、えらばれること。


「わの寿命は三百さいだ。雪絵も巫子だけん、同じぐらい。さっきみたいに腕がちぎれかけても、もとどおり治る。病気にもならん。このまま一生、年もとらん。威さん……わを化け物だと思うかね?」


はあッと大きな、ため息をついたあと、


「そうだなあ。まあ、ビックリはしたよ。一生のうちでも、これほど、おどろくことは、二度とないだろうなあ」


威は、ニカッと笑う。


「でも、魚波は、魚波だ」


ぽんぽんと頭をたたかれて、魚波は涙が、こみあげてきた。


「威さん。わのこと、キライにならんで?」


「そんなことで、ならないよ。友だちだろ」


よかった。


やっぱり、威さんは、わが信じたとおりの人だった……。


このまま、ずっと、威の胸にすがりついていたい。でも、そういうわけにはいかない。雪絵が『巫子』と定められてしまったからには。


「じゃあ、威さん。今すぐ、雪絵つれて、村から逃げてごしなはい。雪絵は威さんと引き離すために、『巫子』に選ばい。雪絵には苦しい思いさせたくない」


威は、とまどう。


「巫子にえらばれると、どうなるんだ? みんな、あわてて結婚させようとして。『巫子』逃れだとか言って。悪いことでもあるのか?」


「威さん。こないだ(このあいだ)、川上の家に行ったとき、沢の近くに麻畑があったが? あれ、なんでだと思う?」


「麻? そりゃあ、麻糸をとるためだろう?」


「表向きはね。目くらましに、糸もとるし。でも、ほんのことは別の用途があって」


あッと、威は声をあげる。


「大麻か。麻薬を作るためか」


「そげです。この村では、麻は昔から必需品だけんね。あれがないと、『巫子』が苦しまんならん」


威は顔をしかめて、だまりこむ。


カンのいい威だ。魚波の言わんとする意味が、予期できたのだろう。


「もともとは御子さまが、まだ青年だったころ。村人のために自分の手足を切って、村の者にくださったとね。

御子さまの肉は不老長寿のもとだけん。その肉を食ったら、誰でも巫子になれえ。そのうえ、なんぼ年寄りでも、若者に、もどったと。

でも、そのウワサが広まって、御子さまの肉を狙う、よそ者が、いっぱい村に押しよせてきた。何度も。何度も。御子さまはイヤになって、こまに(小さく)なってしまわいた。

今では、昔の名残で、神社の巫子が、自分の肉をさしだしちょう。年に一度の祭のとき。それが、あの『キジ』肉だ」


威は口をおさえて、うつむく。


そう。威も食べた。あの肉。

あれは、やけに軽かった早乙女の遺体の一部だ。

今年は本人が亡くなってしまったから、いつもより多く肉を使用できた。


「威さん。だまっちょって、ごめんだよ。でも、巫子の肉食えば、無病息災の効能がああよ。祭のときに入っちょうのは、ほとんどキジ肉だけん。巫子の肉は、ちょんぼし(少し)だどもね。そうでも、ひとくち食べれば、四、五年は病気にならん。ケガも、はやに治る」

「………」


威はうつむいたまま、数分、動かなかった。


だが、吐きはしない。


やがて、大きく息を吸いこみ、口をひらく。


「……そのことは、もういい。悪気はなかったんだろ。むしろ、温情か」


「うん。わやつのあいだでは、神聖なもんだけん。本来なら、よそ者には絶対に食わせん」


「礼を言うべきなのかな。巫子は麻の葉で苦痛をやわらげ、自身の肉をさしだしている」


「うん」


「そして、巫子の肉を大量に食べれば、老いない。さっきのおまえたちの会話は、そういうことか」


「わも初めて知ったわ。御子さまの肉みたいに、若返りまでは、さん(しない)みたいだけど」


「早乙女さんの一家は、全員、巫子だったのか?」


「祖父母が巫子どうしで結婚して、そのあいだにできた子は半巫子だけん。巫子ほどじゃないけど、年もとりにくいし、長生きな。半巫子に生まれた親父さんが、巫子の嫁さん、もらったうえ、自分も御子を宿して。そのとき、サトさんやキヌさんが、できちょうけん……」


あれ?——と、また、魚波は思う。


サトやキヌは魚波より、だいぶ年上だ。だから、巫子なのも、わかる。


でも、サトの弟、太郎は殺されたとき、まだ一、二さいだった。その急速な成長ぶりから、巫子なのは、はっきりしていたが。


(二十年前なら、まだ、うちの親父が御子だったはずだなかったか。わが五さいになあ前のことだった)


魚波が五さい。雪絵は四さい。菊乃は生まれていない。御子の所在の明確ではない、空白の期間。


ということは、あのとき、すでに父は、御子ではなかったのかもしれない。


太郎が巫子だということは、太郎の両親のどちらかへ、御子は移動したあとだったのか?


(でも、それが……一家惨殺に関係が?)


よくわからない。わからないが、重要なことのように思う。


考えこむ魚波の肩を、威がつかんだ。


「逃げよう。魚波。おまえも、おれたちといっしょに」


思いがけない言葉に、魚波の心はゆれた。

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