一章 墓荒らしと連続する殺人 1—3



夜通し、吾郷の捜索は続いた。

夜が明け、明るくなってからも。


が、いっこうに見つからない。

捜索は、いったん打ち切られた。

龍臣や長老たちの会議が行われるためだ。


村人は全員、各自の家で待機となった。


昨日までの祭を前にした華やぎは雲散霧消した。

村は重苦しい空気につつまれた。


「なあ、なんで警察、呼ばないんだ?」


昼ごろ起きてきた威が、アクビしながら、たずねてきた。


手ぬぐいを手に、裏庭の井戸まで歩いていきながら、魚波は考える。なんと答えるべきだろうか。御子と不老不死の秘密だけは、絶対に、かくさなければならない。


威なら、あるいは言ってくれるかもしれない。

魚波が、ひたいを撃たれても死なない化け物だと知っても。「友達だよ」と。


しかし、それは危険な賭けだ。


やはり、威だって、あたりまえの人間。

魚波の正体を知れば、「来るな、妖怪!」と、罵言ばげんをあびせる可能性だってある。


「……巫子は戸籍を消されえけん。早乙女さんは、もう死んだことになっちょう。今さら警察に届けたら、村のし(村人)が困ったことになあが」


威は数瞬、絶句した。


「なんで、そんなことしてるんだ?」


「昔からの風習だけん。神さまに仕ええ巫子は、人間の世界と無縁にならんと」


「あの不二神社の神さまだろう? 無病息災の村の守り神。しかし、そんな風習。今も本気で守ってる村があるんだなあ」


「威さんは都会の人だけん。信じられんかもしれんけど。この村は古い因習のかたまりだわ。これからも、ずっと変わらんと思う」


「変わらないものなんてないよ。変えようとすれば、いつか、かならず変わる。たとえ一朝一夕には変わらなくても」


「そげだあか(そうかなあ)」


「変えようという気持ちが大事なんだ」


そう。威なら、そうなのかもしれない。


どんな試練にも立ち向かい、いつかは必ず勝利をつかみとる。一度や二度の失敗など恐れずに。


でも、それができるのは威が自由だからだ。縛るものが、なにもないから。


「いいなあ。威さんは。わも、いろんなとこ旅して、遠くに行ってみたいわ」


「行こう」と、威は気軽に言った。


「いつか、いっしょに旅しよう。日本中をまわって。なんなら世界も見に行こう。今は世情が、あれだから、ムリだが。戦争が終わって、平和な時代がもどったら。そのときは、かならず」


魚波は答えなかった。

答えられなかった。


『うん』と言えば、願いは叶うのだろうか?

世界はムリでも、国内くらいなら?


行きたい。

なにもかも捨てて、広い世界をこの目で見てみたい。

この暗くて古い血の因習にしばられた村をぬけだして——


(たとえば、五年か十年なら。わの年が不審に思われえ前なら……)


一瞬、青空に涼風が吹きぬけていく気がした。

清流をおよぐ魚のように。

川をくだり、やがては大海まで行ける気がした。


「な? 魚波。約束しよう」


魚波は思わず、うなずいた。

それは守られることのない約束だと、心のどこかではわかっていたが。


そのとき近くでハデな水音がした。

家屋をまわりこんで音のした裏庭へ行った。

雪絵がイモをあらいながら泣いていた。やってきた魚波たちを見て、威の首にとびついていく。


「タケにいさん。行ってしまあかね? もう村から出ていく気だ?」


「聞いてたのか。雪ちゃん。行かないよ。まだ行かない」


「ほんのこと(ほんと)かね? どこにも行かんかね?」


泣きじゃくる雪絵の背中を、威は困ったような顔で抱いた。


「行かない。この村に、おれに必要なものがあるはずなんだ」


必要なもの?

それが、威がこの村に、とどまる理由なのか?


「……威さんは、ほんのところは、なんで村に来たかね?」


魚波の問いに、威は言いしぶっていた。


しかし、魚波と雪絵の二人に見つめられ、あきらめたように口を割る。


「呪いをとくために」


魚波は雪絵と顔を見あわせる。


「呪い?」


「なんの呪いだ?」


「言っても信じてもらえないような話なんだ。だから、今まで話さないできた」


威は覚悟を決めた顔で口をひらきかける。が、ふと表情が変わり、遠くのほうを指さした。


「あれ、なんだ?」


田畑をへだてた遠くのほうに、数人の行列が見える。大きなハコをかついでいる。


先頭に神主の装束の男。


最後尾には、巫子装束の女が見える。


「きっと、早乙女さんの埋葬だが。早乙女さんは家族が、みんな死んじょうけん。先祖の墓に入れてあげえだわ」


「若くに巫子になって、死んだことにされたうえ、弔いも、まともにしてもらえないのか。かわいそうに。おれなんか、なんのゆかりもないが、せめて手をあわせてやろう」


そう言って、威は走りだした。まだ顔もあらってないのに。魚波も寝巻きのまま、あとを追う。


「雪絵は来んでいい(来るな)。危ないかもしれんだろう」


走りながら、ふりかえって、魚波がとどめた。


雪絵は、ふくれっつらで井戸端に残る。


墓地は村の東はしだ。屋根のふきかえ用の萱(かや)の栽培地の奥にある。


昔は、そこに寺があった。が、明治の廃仏棄釈に便乗して、うちすてられた。


もともと藤村は御子信仰一色だ。


寺は時代的になくてはならなかったころ、よそ者の目をあざむくために置いていただけだ。


とくに江戸時代は、菩提寺をもたないと、キリシタンの疑いをかけられた。


御子の秘密を守るために、そこは妥協したわけだ。


もっとも、住職は村の人間が交代で負っていた。


今はもう寺は、とりこわされ、墓守の夫婦の住まいになっている。


魚波と威は、八頭家の方角から南下してくる集団に、墓地へ行く途中で追いついた。


「手伝います」


威が声をかける。


先頭に立つのは、龍昇だ。


柩(ひつぎ)をかついでるのは、龍臣と八頭家の下男たち。


威の顔を見て、ちょっと、とまどう。


威と魚波は左右について、柩を運ぶのを手伝う。


藤村は、まだ土葬だ。そのせいか、墓場の近くでは、よく鬼火も見る。


それにしても、柩は見ためで想像するより、はるかに軽い。


そうか。早乙女の遺体を、予定どおり『キジ』に使うのだなと、魚波は考えた。死肉にも効力があるのかどうかは、魚波には、わからないが。


墓地まで運ぶと、墓守の寺内が待っていた。


川上家の墓石のそばに、すでに墓穴がほられている。


そこへ、ひつぎをうずめるだけの、簡素な弔い。


威は手をあわせながらも、何か、ひっかかっているようだ。


やはり、柩が軽すぎたのだ。


勘のいい威が変に思わないわけがない。


お棺が土の下にかくれると、龍臣が呼びとめた。


「ナミちゃん。午後から、おはやしの練習あるからな。道夫や銀次、さそってこいよ」


「じゃあ、夜祭、さいますか(されますか)?」


「祭は予定どおりする。それがすんだら、山狩りだ。吾郷は山に逃げこんだに違いない」


「でも、もう村から出ちょったら……」


「心配するな。吊り橋に見張りを立ててある。吾郷が村から出ようとしたら、そこで、ひっかかる」


となり村と通じる、ゆいいつの道の途中に、深い谷がある。その吊り橋を通らなければ、村からは出られない。


山の尾根づたいに逃げる方法もないではない。が、このへんは中国山地のかなり高地だ。その方法は、そうとう厳しい。


埋葬はすんだ。

龍臣たちが帰っていく。


魚波は卒塔婆そとばもない早乙女の墓をながめた。ただ、うずめられただけの墓。


この姿は、未来の自分なのかもしれないと思いつつ。

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