一章 墓荒らしと連続する殺人 1—3
*
夜通し、吾郷の捜索は続いた。
夜が明け、明るくなってからも。
が、いっこうに見つからない。
捜索は、いったん打ち切られた。
龍臣や長老たちの会議が行われるためだ。
村人は全員、各自の家で待機となった。
昨日までの祭を前にした華やぎは雲散霧消した。
村は重苦しい空気につつまれた。
「なあ、なんで警察、呼ばないんだ?」
昼ごろ起きてきた威が、アクビしながら、たずねてきた。
手ぬぐいを手に、裏庭の井戸まで歩いていきながら、魚波は考える。なんと答えるべきだろうか。御子と不老不死の秘密だけは、絶対に、かくさなければならない。
威なら、あるいは言ってくれるかもしれない。
魚波が、ひたいを撃たれても死なない化け物だと知っても。「友達だよ」と。
しかし、それは危険な賭けだ。
やはり、威だって、あたりまえの人間。
魚波の正体を知れば、「来るな、妖怪!」と、
「……巫子は戸籍を消されえけん。早乙女さんは、もう死んだことになっちょう。今さら警察に届けたら、村のし(村人)が困ったことになあが」
威は数瞬、絶句した。
「なんで、そんなことしてるんだ?」
「昔からの風習だけん。神さまに仕ええ巫子は、人間の世界と無縁にならんと」
「あの不二神社の神さまだろう? 無病息災の村の守り神。しかし、そんな風習。今も本気で守ってる村があるんだなあ」
「威さんは都会の人だけん。信じられんかもしれんけど。この村は古い因習のかたまりだわ。これからも、ずっと変わらんと思う」
「変わらないものなんてないよ。変えようとすれば、いつか、かならず変わる。たとえ一朝一夕には変わらなくても」
「そげだあか(そうかなあ)」
「変えようという気持ちが大事なんだ」
そう。威なら、そうなのかもしれない。
どんな試練にも立ち向かい、いつかは必ず勝利をつかみとる。一度や二度の失敗など恐れずに。
でも、それができるのは威が自由だからだ。縛るものが、なにもないから。
「いいなあ。威さんは。わも、いろんなとこ旅して、遠くに行ってみたいわ」
「行こう」と、威は気軽に言った。
「いつか、いっしょに旅しよう。日本中をまわって。なんなら世界も見に行こう。今は世情が、あれだから、ムリだが。戦争が終わって、平和な時代がもどったら。そのときは、かならず」
魚波は答えなかった。
答えられなかった。
『うん』と言えば、願いは叶うのだろうか?
世界はムリでも、国内くらいなら?
行きたい。
なにもかも捨てて、広い世界をこの目で見てみたい。
この暗くて古い血の因習にしばられた村をぬけだして——
(たとえば、五年か十年なら。わの年が不審に思われえ前なら……)
一瞬、青空に涼風が吹きぬけていく気がした。
清流をおよぐ魚のように。
川をくだり、やがては大海まで行ける気がした。
「な? 魚波。約束しよう」
魚波は思わず、うなずいた。
それは守られることのない約束だと、心のどこかではわかっていたが。
そのとき近くでハデな水音がした。
家屋をまわりこんで音のした裏庭へ行った。
雪絵がイモをあらいながら泣いていた。やってきた魚波たちを見て、威の首にとびついていく。
「タケにいさん。行ってしまあかね? もう村から出ていく気だ?」
「聞いてたのか。雪ちゃん。行かないよ。まだ行かない」
「ほんのこと(ほんと)かね? どこにも行かんかね?」
泣きじゃくる雪絵の背中を、威は困ったような顔で抱いた。
「行かない。この村に、おれに必要なものがあるはずなんだ」
必要なもの?
それが、威がこの村に、とどまる理由なのか?
「……威さんは、ほんのところは、なんで村に来たかね?」
魚波の問いに、威は言いしぶっていた。
しかし、魚波と雪絵の二人に見つめられ、あきらめたように口を割る。
「呪いをとくために」
魚波は雪絵と顔を見あわせる。
「呪い?」
「なんの呪いだ?」
「言っても信じてもらえないような話なんだ。だから、今まで話さないできた」
威は覚悟を決めた顔で口をひらきかける。が、ふと表情が変わり、遠くのほうを指さした。
「あれ、なんだ?」
田畑をへだてた遠くのほうに、数人の行列が見える。大きなハコをかついでいる。
先頭に神主の装束の男。
最後尾には、巫子装束の女が見える。
「きっと、早乙女さんの埋葬だが。早乙女さんは家族が、みんな死んじょうけん。先祖の墓に入れてあげえだわ」
「若くに巫子になって、死んだことにされたうえ、弔いも、まともにしてもらえないのか。かわいそうに。おれなんか、なんのゆかりもないが、せめて手をあわせてやろう」
そう言って、威は走りだした。まだ顔もあらってないのに。魚波も寝巻きのまま、あとを追う。
「雪絵は来んでいい(来るな)。危ないかもしれんだろう」
走りながら、ふりかえって、魚波がとどめた。
雪絵は、ふくれっつらで井戸端に残る。
墓地は村の東はしだ。屋根のふきかえ用の萱(かや)の栽培地の奥にある。
昔は、そこに寺があった。が、明治の廃仏棄釈に便乗して、うちすてられた。
もともと藤村は御子信仰一色だ。
寺は時代的になくてはならなかったころ、よそ者の目をあざむくために置いていただけだ。
とくに江戸時代は、菩提寺をもたないと、キリシタンの疑いをかけられた。
御子の秘密を守るために、そこは妥協したわけだ。
もっとも、住職は村の人間が交代で負っていた。
今はもう寺は、とりこわされ、墓守の夫婦の住まいになっている。
魚波と威は、八頭家の方角から南下してくる集団に、墓地へ行く途中で追いついた。
「手伝います」
威が声をかける。
先頭に立つのは、龍昇だ。
柩(ひつぎ)をかついでるのは、龍臣と八頭家の下男たち。
威の顔を見て、ちょっと、とまどう。
威と魚波は左右について、柩を運ぶのを手伝う。
藤村は、まだ土葬だ。そのせいか、墓場の近くでは、よく鬼火も見る。
それにしても、柩は見ためで想像するより、はるかに軽い。
そうか。早乙女の遺体を、予定どおり『キジ』に使うのだなと、魚波は考えた。死肉にも効力があるのかどうかは、魚波には、わからないが。
墓地まで運ぶと、墓守の寺内が待っていた。
川上家の墓石のそばに、すでに墓穴がほられている。
そこへ、ひつぎをうずめるだけの、簡素な弔い。
威は手をあわせながらも、何か、ひっかかっているようだ。
やはり、柩が軽すぎたのだ。
勘のいい威が変に思わないわけがない。
お棺が土の下にかくれると、龍臣が呼びとめた。
「ナミちゃん。午後から、おはやしの練習あるからな。道夫や銀次、さそってこいよ」
「じゃあ、夜祭、さいますか(されますか)?」
「祭は予定どおりする。それがすんだら、山狩りだ。吾郷は山に逃げこんだに違いない」
「でも、もう村から出ちょったら……」
「心配するな。吊り橋に見張りを立ててある。吾郷が村から出ようとしたら、そこで、ひっかかる」
となり村と通じる、ゆいいつの道の途中に、深い谷がある。その吊り橋を通らなければ、村からは出られない。
山の尾根づたいに逃げる方法もないではない。が、このへんは中国山地のかなり高地だ。その方法は、そうとう厳しい。
埋葬はすんだ。
龍臣たちが帰っていく。
魚波は
この姿は、未来の自分なのかもしれないと思いつつ。
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