二章
二章 墓荒らしと連続する殺人 —1
1
魚波には悪意があったわけではない。
吾郷の手紙を受けとれば、早乙女は用心するものと思っていた。
その結果、吾郷は捕らえられ、一件は、ひそかに処理されるだろうと。
まさか、早乙女がバカ正直にも、たった一人で吾郷に会いにいくとは思ってなかった。
早乙女の死体が見つかったのは、その夜、遅くなってからのこと。滝つぼに近い雑木林のなかで。
魚波も捜索にくわわって、それを見た。
すさまじい死体だ。
早乙女は頭と胸を銃で撃たれ、腹をさかれて腸がひきずりだされていた。そのうえで、首が切り落とされている。
あの事件と同じだ。
二十年前の川上一家惨殺事件。
まちがいなく、吾郷のしわざだ。
「なんて……姿だ。おい、魚波。早く威をつれていけ。見せるんじゃない」
龍臣に耳打ちされて、あわてて威の腕をとった。
「威さん。帰ろう」
「え? なんで?」
「いいけん、はやに行くよ」
たしかに、威に見せるわけにはいかない。
二十年前の一家皆殺しのときも、死体がふつうの状態でなかったと聞いてはいた。こういうことだったのだ。
早乙女は、ひたいのまんなかを撃たれ、胸を撃たれ、それでも、しばらく生きていたのだ。ひたいや胸をかきむしったあとがある。
また、引き裂かれた腹をふさごうとしたのだろう。押さえる指をなかば飲みこんで、傷口が回復しかけていた。
これが巫子の死なのだ。
手足がちぎれても生えてくるほどの再生能力を持つ巫子。
巫子の身におとずれる急な死は、常人より、はるかに長い苦しみを当人に、もたらす。
魚波は、めまいをおぼえた。
自分も同じなのだ。
頭を銃で射抜かれても死ねない……。
威がささやく。
「気分が悪いんだな? 魚波。顔色が悪いぞ」
魚波は素直にうなずいた。
そうすれば、威は帰ろうと言ってくれる。
「わかった。帰ろう。一人で歩けるか?」
頭をふると、威は魚波の体をヒョイと抱きあげた。あんまり、かるがる持ちあげられて、びっくりする。
「威さん……かっこ悪いけん。おろしてごしない」
「病人は、だまってればいいんだ」
かかえられたまま運ばれていく。
最初は落ちつかなかった。でも、しだいに心地よくなった。なんだか幼な子に、もどったみたい。
ほんとの魚波は、とっくに幼くもなければ清らかでもないのだが。
「威さん。早乙女さんを殺したのは、吾郷だ」
巫子でも首をはねられれば死ぬのか。
だとしたら、吾郷が早乙女や川上家の家族の首をはねたのは、慈悲だったのかもしれない。
あまりに、もがき苦しむ彼らを見るに見かねて……。
「魚吉さんたちが見たって男か。大丈夫。そのことは、もう八頭さんに知らせてあるんだから。心配しなくても、今ごろ、自警団を組む話が出てるさ。ふもとから警察も来るだろうし」
警察は来ない。
死んだのは神社の巫子だ。
『巫子』は『巫子』になるとき、死亡届をだされる。戸籍上は存在しない人間だ。
村の人たちは警察を呼ばず、自分たちだけで処理するだろう。
「そげじゃなくて……早乙女さんを殺したのは、わ……かもしれん」
とても、だまっていることはできなかった。
あの早乙女の死体を見たあとでは。
追いつめられた吾郷は、次々に村人をおそうかもしれない。
威は、あぜ道のまじわる十字路で立ち止まった。
満月が近い。明るい月が二人を見おろしている。
今夜は、それが頭上から、のしかかってくるようで、わけもなく怖い。
「魚波。やっぱり、何か、かくしてるのか?」
「………」
「怒らないから、言ってみろよ。な?」
それで、洗いざらい白状した。
おどされて吾郷をかくまったこと。吾郷にたのまれて、早乙女に手紙を渡したこと。
威は、しゃくぜんとしないようす。
「おどされてって、殺すとでも言われたのか?」
「……まあ」
しかし、それなら、吾郷とわかれてから、周囲に、だまっている必要はない。
変だと思ったかもしれないが、威は何も言わなかった。
「じゃあ、まだ、その空家に犯人がいるんだな?」
「そげだと思う」
「行ってみよう」
「でも、危ないがね。威さん」
「そうだな。相手は銃と刃物を持ってる。取り逃がすと、まずいぞ」
そうじゃない。魚波は威の身を案じたのだ。
魚波は止めようとした。
が、威は聞かなかった。いったん家に帰ると、父の猟銃を手に、威は走りだす。魚波も必死で追った。
「バカ。なんで、ついてくるんだ。気分が悪いんだろ。おまえは帰れ」
「そぎゃんこと(そんなこと)、言いわけに決まっちょうがね。わのせいで早乙女さんが……と思ったけん」
「ああ……」
来た道を二人でとってかえす。
滝つぼへ向かう細い道の入り口で、戸板を持った銀次と道夫、トラの亭主の勝に出会った。
勝さんは見ためでは、銀次より若い。小柄で中性的なのは、巫子の男の特徴だ。
「あれ、威さん。戻っただないかね?」
道夫が問いただしてくる。
威は、もっともらしく弁解した。
「さっき通ったとき、途中のあばら家で人影を見たんだ。あそこに誰か隠れてるんだと思う。気になって、ひきかえしてきた」
道夫たちの顔は、いっきに不安げになった。
すでに龍臣から聞いたに違いない。吾郷が村に帰ってきたことを。
「人影?」
「男だったみたいだ。なあ、魚波?」
魚波が吾郷をかくまっていたことを、村の人には、だまっていてくれる気だ。
魚波は小さく、うなずいた。
銀次が年長者の勝に相談した。
「勝さん。どげすうだ?(どうしよう) 龍臣さんに報告したほうが、いいかいね?」
勝さんは首肯し、一番年下の道夫に指図した。
「みっちゃん。ひとっ走り、行ってごせ(行ってくれ)。わやつは威さんと行ってみいけん」
こくこくと首を動かして、道夫は走っていった。体が、ふるえてるのが、はためにもわかる。道夫は図体はデカイが、肝っ玉は小さい。
やはり、もっとも落ちついてるのは、威だ。先頭に立って、川上家へ向かっていく。
家が見えてくると、威は魚波たちに、庭さきで待機するよう指示した。
川上家は滝つぼへの道につながる、わき道一本でしか行き来できない。反対側は川だ。
わき道をふさぐ形で、魚波、銀次、勝を配置した。戸板にかくれて、しゃがむようにと、威はすばやく命じる。
「威さん。一人で行く気だ?」
引き止める魚波を、しッと人差し指を口にあてて制する。
威は銃を腰だめに、かまえて歩いていく。草むらと化した庭に入り、縁側の雨戸を、そっと、ひらくのが見えた。
吾郷は、まだ中にいるだろうか?
魚波は威の身が心配で、いてもたってもいられない。
この人選はまちがってる。
ここは巫子である魚波か勝が行くべきだ。
巫子は眉間を撃たれたって、死なないのだから。
魚波が立ちあがろうとしたとき。
となりで銀次が、さきに立った。
「威さん。やっぱり、わも行く」
キジで負けたから、またもやライバル心を燃やしたのだ。
魚波はギョッとした。
そんな大声をだしたら、なかにいる吾郷に気づかれてしまう。威が近づいていることを知らせてしまうことになる。
威は一瞬、縁の下に身をふせた。
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