一章 因習と過去の惨劇 3—1
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翌朝。
威は魚吉の猟銃を持って、玄関に立った。
「はい。タケにいさん。昼ごはん」
雪絵が竹の皮に包んだ、にぎり飯と竹筒を渡す。
「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」
手をふった威は、ふと立ち止まった。
魚波の顔をのぞきこんでくる。
魚波は心の内を見透かされたのではないかと、ビクビクものだ。
「魚波、昨日から元気がないなあ。どっか、ぐあいが悪いんじゃないか?」
「……べつに」
「そうかなあ。朝めしも食ってなかったろ。朝めし食わないと、ああ、さめし(まさか、さみしいのつもりか)だぞ」
その話にはふれないでもらいたい。
不審がる雪絵のよこで、あとで食べるからと言って、自分の分け前をにぎったのだ。
雪絵のように、きれいな三角形にはならなくて、いびつだが。どうせ、魚波のは吾郷に食わせるやつだ。形なんて、どうでもいい。
「……なんでもないけん。威さんこそ、ケガなんかさんでよ」
威が、どう思ったのかはわからない。
魚波の頭をぽんぽんとたたき、出かけていった。
「ほんなら、魚波。おまあ(おまえ)は社の手伝いに行くだ。茜さんの言うこと、よう聞くだぞ」
父に言われて、魚波は神社へおもむいた。
明日は夜祭だ。今日には、すべての飾りつけを終え、祭にそなえてなければならない。
魚波は神社に行く前に、より道した。
村の北西の端に、滝つぼへ向かう細い道がある。
八頭家の所有する小作地や麻畑があり、それが雑木林に変わっていく。ご神域の滝つぼが、そのさきにある。
吾郷の言っていたとおり、そのあたりは村人でも立入禁止だ。神主や神社の巫子以外、近づいてはいけない。
滝つぼの近くに、御宿り場があるからだ。
よそ者には絶対に秘密の場所である。
神社が新たな巫子を迎える大祭のとき、たまに使われる。『巫子』候補者が複数いるときだ。
候補者が一人ずつ順番に御宿り場にこもり、御子が来るのを待つ。御子の宿った者が、新たな『巫子』というわけだ。
周囲が立入禁止なのは、もちろん、今御子の正体を知られないための配慮だ。
大祭は『巫子』の世代交代の儀式だ。
しかし、交代をうながすことによって、御子の所在を確認するという意味もある。御子が、まだ村にいることをたしかめるのだ。
前回の大祭は二十年前だった。
サトが早乙女になったときの祭。あの祭で、サトが御子を宿した。
祭の前までは、父が今御子だったのだろうと、魚波は考えている。村人の大半も、そう思っている。
魚波と雪絵が年子で巫子に生まれ、大祭のあとに生まれた菊乃は巫子でない。という事実は、そういうことだ。
その後、村人のなかに新しい巫子は生まれていない。誰かが御子を止めている。
つまり、今でも早乙女が御子を守っているのだとわかる。
御子の所在をさぐってはいけない掟だから、村人でも、こうして推測するしか方法がない。
(二十年前……夜祭の夜、父さんが出ていったかどうかは、おぼえちょらんけど……)
あたりを見まわしながら、魚波は、こそこそと、小川ぞいの道をさかのぼっていった。やがて左手に荒れはてた空き家が見える。
雨戸をしめきってるので、なかは見えない。けれど、屋根の
二十年前、一家惨殺された川上家の家屋だ。
川上家は八頭家の小作人だった。そのため、村のなかで一番、北に家があった。村はずれの一軒家だ。
殺人があったあと、住む人がいなくなり、荒れるに任せてある。
藤村のなかで、空き家はここだけだ。
血まみれのタタミなどが、そのまま放置されている。村人は、ここをさけている。子どもの遊び場にすらなってない。
あばら家をよこめに、通りすぎようとしたときだ。
川上家の雨戸が、そっと、ひらいた。なかから腕が出てきて、手招きする。
魚波はギョッとした。
オバケだろうか?
殺された川上一家が、無念のあまり、さまよい出たのか……。
けれど、立ちすくむ魚波の前で、雨戸のすきまから、人の顔が、のぞいた。ここは、ほっとするべきか? 吾郷だ。とりあえず、オバケではない。
しかし、べつの意味で驚がくした。
やはり、この男、並じゃない。
自分が殺した人たちの血と怨念のこびりついた殺人現場に、よくもまあ、いられるものだ。
いやいやに、魚波は近づいていった。草むらと区別のつかなくなった庭に入っていく。
すでにカビたような、もののくさったような、いやな臭気が立ちこめている。
魚波は吾郷の神経をうたがった。
この男は、どこか狂っているのかもしれない。
精神的にも、そうだが、この匂いのなかにいられるということが、普通でない。
魚波は持ってきた、にぎり飯を渡した。
そのまま、無言で立ち去ろうとした。吾郷が魚波の手をつかんでくる。
「ナミちゃん。逃げることあらへんやないか。村のこと聞かしてえな」
吾郷は片手で魚波の手をつかんだまま、にぎり飯をほおばる。
強い光をはなつ目で射すくめられると動けない。
吾郷は、それを見抜いているようだ。
「さっき、男たちが銃を持って、山のほう行ったけど。まさか、ナミちゃん。おれのこと、みんなに言うたんやないやろ?」
「違あます。あれは……祭のキジ撃ちで……」
「ああ。せやったね。祭、近いんやもんな。わかっとる思うけど、おれのことは誰にもナイショやで」
「はい……」
「ほな、ナミちゃん。この二十年で村に起こったこと、教えてんか? とくに、おれが逃げたあと、どないなったんか」
魚波は、めまいをこらえて説明した。
警察が来る前に村人で遺体の始末をしたこと。サトが神社の巫子になったこと。
吾郷はどこか、あらかじめ知っていたような顔で聞いている。
「サトが『巫子』になったんやな?」
「今は、早乙女って巫子名になっちょうます」
吾郷は考えこんだあと、妙に深刻な声でつぶやいた。
「早乙女は、あの夜のこと、なんて言うとるんや?」
「早乙女さんは、なんも知っちょうわけないですがね。おまえさんが、むごいことしちょうあいだ、ずっと、ほかの場所におったんだけん」
「御宿り場やろ?」と、吾郷は言った。
魚波は仰天する。
この男は、村の秘密をどこまで知っているのだろう?
おどろく魚波を見て、吾郷は苦く笑う。
「ナミちゃん。全部、知っとるで。サトから聞いて。村のことは、みんな知っとる」
「みんな?」
「御子さまのことも、掟のことも。君がサトと同じ巫子やってことも。まあ、村の外では言うてへんし、安心してや」
本当だろうか?
村の秘密が、よそ者にバレたら、大変なことになる。
藤村が最後に襲われたのは、戦国時代。
時代が時代だ。武将は戦になれば、いつ死ぬかわからない。不死は当時の人々にとって、どんなことをしても欲しいものだ。
当時、この地方を支配していた尼子氏が、ウワサを聞きつけ、ひそかに兵を送ってきた。
村の娘が幾人もつれていかれた。
しかし、御子と巫子は守られた。
その後、尼子が滅びてくれたおかげで、村の秘密は、ふたたび闇にまぎれた。
今では科学や医学が進歩した。不老不死なんて存在しないと、現代人は信じている。
かえって襲われる危険性は減った。
でも、じっさいに御子や巫子の不思議をまのあたりにすれば、じたいは一変する。科学者や医者だって、不老不死を認めざるをえない。
そうなれば、藤村は存亡の危機だ。
村人は全員つかまって、どこかの病院の奥でモルモットにされるのだ。
おりしも、今年の夏に始まった、中国との戦争。
死なない兵士として徴用されるかもしれない。
それだけは、さけなければならない。
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