恋慕 奇箆靈厭
私には好きな人がいます。
一目惚れと言ってしまってはそれまでなのでしょうけど、私にとっては一大事。全くといっていいほど未知の世界だったのですから…
朝日を見るような新鮮さと清々しさ、夜のような冷たさと恐ろしさ…
矛盾するふたつの感情が私の心に同居して何も手がつけられなくなったの。
でも、私のこの想いは叶うことがないことを知っています。
彼のビロウドのような髪。
キリッとした目元。
精悍な出で立ち。
どれをとっても私とは真反対の位置にいました。ですから、歩み寄る娘も数しれず。
それこそ星のようにいましたわ。
私も想いを告げようとしましたが駄目でした。あと一歩のところで喉に小骨がつっかえたようになるのです。
外に出せない想い。募り募っていく恋慕。
それは私に心地よい苦しさをもたらしました。どこか圧をかけられているのに、この上なく気持ちいいのですもの…
やみつきになってしまいそう。
彼のことを想うだけで夜も眠ることが出来なくなってしまいます。
あの髪に触ることが出来たら、手を握ることができたら…
いっその事、私を生娘でなくしてくれるのなら……なんてことを考えたりもしました。
でも、結局は寂しいだけだったのです。
そんな私を支えてくれたのは、
「彼は誰とも付き合わない」という明確な
事実だけでした。
けれど、その事実もいともたやすく崩れ去ってしまったのです。
彼にはいつも一緒にいる娘がいました。
髪はとても艶やかで肌もキメ細やか……
快活でどこか守りたくなるような少女。
世の殿方を虜にしてしまう美貌を彼一人に向けているいう明確な事実が私の何もかもを取り上げていきました。
ふと、私は思いついてしまうのです。
結ばれることがないのならいっそ、手に入れてしまえばいいのではないか。
私はこの考えを抱いた時に戦慄を隠すことが出来ませんでした。恐々としました。恐れをなして忘れようとしました。
でも、忘れることが出来なかったのです。
その考えはあまりにも甘美な毒でした。
分かっていてもずるずると引き込まれてしまうのです。私を惑わしてくるのです。
一枚一枚衣服を脱がすような優しさと体の底まで蹂躙するであろう猛々しさを併せ持っていました。
でも、彼と彼女を見る度に、私の防波堤は徐々に削れていったのです。
丁度水が岩を削るように徐々に、徐々にと…
しかしながら、その時が来るまでそう時間はかかりませんでした。
私の防波堤よりも波の方が強かったというのです。
私は小さな自分を持って家を飛び出しました。一目散に彼のところに向かいました。
私の中に募る恋慕だけが私の考えを、四肢を骨の髄から爪まで全てを持っていました。
私は心の中に嵐を抱いていました。あるいは暴風でもいいでしょう。
私は彼を呼び出すことに成功しました。
彼はその微笑みで私を受け入れてくれました。
私が「怖い」と話すと励ますように包み込んでくれました。
そんな彼に迷うことなく、寸分の狂いもなく、自分を突き立てました。
彼の目は宙をさまよい、やがて私の方をじっと見つめます。
そのまま、ピクリとも動かず私を押し倒すように眠りました。
彼と私の繋がったところからは彼が溢れてきました。
私は自分の骨の髄にまで染み渡るように彼を味わい尽くしました。
たった一回のことなのに、頬は紅潮し、考えがまとまりません。
こことは違うどこか別の場所にいるようです。
私はそのまま、彼を自分の中に招き入れました。頭のなかで電流が弾け、目の前は真っ白に染まっていきます。何も考えられません。
ただ、恋慕だけが私の奥深くに刻み込まれます。
声まで上ずってしまい、なんとまあ、はしたない格好になってしまったのでしょう。
そして、彼を私の中に入れました。
恋慕ははち切れんばかりに膨らみ、快楽が私を誘います。
私は五感という五感で彼の全てを味わい尽くしました。
その時の満足感といったら筆舌に尽くし難いものであったでしょう。
今でも思い出すだけで全てが飛んでいってしまいそうです。
彼への恋慕は今となっても変わりません。
私は今でも勝利の美酒を飲みながら、毎日を送っております。
そして、ずっと恋慕に酔っています。
永久に…永久に……
単編集:心百景 上田怜 @Seiryu-Rem
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