三話「手がかりを探して」


人斬り襲撃後の翌日から、剣兵達は各々の担当区域に手配書を配って回っていた。渦中の人物であるスワン達も例外では無く。それどころか彼女達は殉職した二人の担当区域も回らなければならなかった所為で、日の出前から奔走する事を余儀なくされた。


そんな状況ではあったが漸く手配書を配り終え、現在は最後に訪れた酒場で二人とも昼食を取っている最中。久方ぶりの手配犯とあってか、張り出された手配書だけでも民衆達の関心を集めるには十分だったらしく、酒場の中はかなり賑わっていた。


スワンの対面で座っているラセツは特に気にしていなかったが、彼女の方は己の失態を晒されているようで耐えられないのだろう。先ほどからぶつくさ独り言を吐きながら昼食を齧っている。


「二人そろって昼食かい?」


そう言ってスワンの隣に座した巨漢のそれは、彼女の独り言とは対照的なまでに明るく朗らかな物だった。その表情もにこやかで見る者を安心させる雰囲気を醸していたが、彼の丸太の様な腕が決してそれを許さない。さらには赤褐色の肌にこれまた赤黒い刺青を這わせているその様相は、御伽噺おとぎばなしなどで聞くオーガを彷彿とさせる。


「オルコか、相方は?」


「今は僕一人だよ。区長からちょっと頼まれてね、二人に伝えないといけない事なんだけど」


オルコと呼ばれた大男は柔らかな声で続ける。内容は至極単純。本日付で二人の巡警の任を解き、それに伴いオルコを含めた三人で人斬りの捜索に当たれと言う物。今まで特殊な仕事を任された事は何度かあったが、三人組でとなると初めてだった。二人では敵わなかったからと言う事だろうが、それでもこの人数は中途半端だと二人は考えていた。


しかし、その疑問に対する答えはオルコが率先して出してくれる。どうやら、ラセツ達に協力しようと言う人間が他にいないのが原因だったらしい。「二人とも人付き合いは大事にしようね」そう言葉を吐くオルコの瞳は、どこか遠くを眺めているようだった。


それから少し時間を置いて三人は調査を開始したが、一向に手がかりがつかめる気配はない。あれだけの被害を出しておきながら、目撃者も痕跡も一切残さず逃げるなど可能なのだろうか。三人は一向に終わりが見えない現状に頭を抱える他なかった。


「なんだこれは……?」


そんな中で苦し紛れに立ち寄った件の十字路で、それは見つかった。


スワンが不注意で踏みつけにした事で気づき拾い上げたそれは、赤く半透明な石で作られた、小指の先ほどの大きさの正四面体。彼女は余り馴染みない様子だったが、その物体はこの国に住んでいる人ならば誰もが知って居るほど一般的な物。


「随分と小さい魔晶ましょうだね。街灯の明かりに使ってた奴が散らばったままだったんじゃないかな」


魔晶と呼ばれたその石は、高濃度のエネルギーが結晶化した物で、街灯の燃料を始めとした幅広い分野で使用されている。にもかかわらずスワンは初めて実物を目にしたらしく、目を輝かせながら正四面体を眺めていた。


「この模様はなんだ?」


その言葉を聞いて二人は正四面体に注視する。スワンの言う通り、それには本当に小さな模様が彫られていた。


二人はどこか既視感を覚え口に出そうとするが言葉に詰まる。忘れているわけではないが鮮明に覚えているわけでも無いと言った様子だった。二人としては何とか状況を進展させたかったが、何時まで頭を抱えていても始まらない。とりあえずはこれを提出してから考えようと屯所へ向けて踵を返す。


魔晶を証拠品として提出すると、調査官が丁寧にその模様について教えてくれた。古くから存在する呪いまじないの類で、言葉や文字に魂を込めると特別な加護や力が宿るとされている物だと。それを聞いてラセツとオルコは合点がいった様子で頷いていた。己の得物や建物の柱に彫られている文字に酷似していたのだ。


「でもなんで、消耗品にそんな物彫ってるんだ?」


「暴発しないための願掛けみたいなものですよ。無事に明かりを灯してくれますようにって」


調査官がそこまで言って、彫られた文字に注視する。どうも説明していた願掛けとは綴りが違うらしい。そしてそれを読み終えた所で彼は目を剥き、机に魔晶を置くと静かに口を開いた。


「初めて見る物ですねこれ」


「本当か!」


その言葉を聞いてスワンが調査官に詰め寄る。それが本当なら、重要な証拠品になる可能性が出てきたのだ。


「それとこれは、街灯に用いる物ではないと思います」


眉間に深い皺を刻んでため息交じりに彼はそう吐いた。かなり削られてはいるが、人の手によって今の形に整えられており、この大きさでは明かりを灯し続けるには不十分。もしこれを燃料として使うのであれば、もっと一時的な物でなければいけないだろうと。


「詳しいんだね」


「工業区で弟が働いているんです。魔晶の加工分野で成果を上げているようで、色々話してくれるんですよ」


とても誇らしげにそう語ると、弟に詳しい話を聞いてはどうだと提案して来た。彼ならばその魔晶が何に使われていて、何処で作られているかまでわかる。これが今回の事件に関わる物品かは分からないが、絶対に今後の役に立つと念を押してまで、その弟の話を聞いてほしい様だった。三人は少しでも進展する可能性があるならばと快諾。すぐさま調査官と共に工業区へと向かう運びとなった。とは言っても、馬車の手配や諸々の許可を得るまでに少し時間がかかる。さらには何区かをまたいでの移動となる為、一日は移動に費やす事になる。


「商業区を超えた先に、家族でよく使う宿があるんだ」


そこに泊まろう。オルコの言い方には少し含みがあったが、その場の誰も気にする事はなかった。顔が利くのであれば楽だろうし、この大男が泊まるような場所だ。窮屈な思いはせずに済むだろう。その後は問題なく担当区域外の調査も許可が下り、四人は手配した馬車へと乗り込んだ。馬車と言っても貴族が使うような豪勢な物ではなく。自分たちは貨物なのかと思うほど貧相。乗り心地は最悪と言っていい。オルコは奴隷用よりはマシだと笑っていたが、正直どちらも変わりない。


「まぁ、一日だけですから。手綱は僕が握りましょう」


自分に言い聞かせるかのように、調査官は自ら御者を買って出てくれた。出だしは何とも言えないが、この調査で手柄を上げられるかもしれないんだ。スワンもそう自分に言い聞かせて耐える事にした。


「そういえば、二人を襲った相手の目星はついてるのかな」


移動中、オルコがそんな事を呟いた。特に重要そうな話題ではなかったが、彼はこの静かな状況に耐えられなかったのだろう。目星も何も、人相すらわからなかった。その一言で話は終わりそうだったが、意外な事にラセツがその問いに答える。


「目星とは言えないが、一人はお前と同じくらいの背丈だった」


「僕と同じくらいとなると、そうそう居ないね」


彼の身長はおよそ五尺七寸。それほどの高身長ともなればよく目立つだろう。尚且つ筋肉量も申し分ない。オルコであれば街灯を断ち切る事も可能だろう。ただ、ラセツは彼を疑っているわけではない。その理由は使用していた得物。剣とは、その形状にあった術を取る。それは独自に身に付ける者も居るが、誰かから受け継いだ物である事が大半である。


「波打った刃なんか、見た事すらないからなぁ」


「普段は別の得物を使っているって事は、無いんですか?」


「それはあり得ない」


調査官が背を向けたまま放ったその言葉を、スワンがすぐに否定した。彼女だけではない。オルコもラセツも、それはあり得ないと思っている。剣術は努力して身に付ける物であり、慣れや癖などの問題で別の得物だとそもそも振るえなかったり、十全に実力を発揮できない。考えれば考えるほど、謎は深まる一方だった。


「とりあえず、弟に話を聞いてから考えましょうよ。皆さん働き詰めなんですから、少し休んだ方がいいですよ」


皆考える事に疲れていたのか、その言葉を最後に調査の話をする事は無かった。

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悪鬼であれ ガラクタ @garakuta987

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